COVID-19に感染し、長くこの病と戦ったファウスト・グレシーニがお亡くなりになりました。1980年代にガレリのライダーとして2度125ccクラス王者に輝いたイタリアの英雄の魂が、天国で安らかにお休みになることを祈ります・・・。

死去のニュースは誤報・・・のあとに・・・

欧州時間の2月22日深夜、COVID-19に感染し長い闘病生活を送っていたファウスト・グレシーニが亡くなった・・・というニュースを、有名メディアの「GPone」が伝えたことは、世界中を驚かせることになりました。

しかしその後、グレシーニの息子であるロレンゾがこの訃報は間違いであることを彼のFacebookで表明。またグレシーニ・レーシングも公式にグレシーニの死を否定したため、「GPone」も謝罪とともに訂正の記事をすぐに発表しました・・・。

しかしMotoGP公式も、グレシーニの死を追悼しました・・・

1961年にイタリア・イモラで生まれたグレシーニは、1978年に17歳でロードレースを始めました。そして1983年からMBAのライダーとなり世界ロードレースGP(現MotoGP)125ccクラスに参戦。1984年シーズン途中からガレリに乗り換え、スウェーデンGPで125ccクラス初優勝を記録します。

フル参戦3年目の1985年、3勝を記録したグレシーニは初の125ccクラスタイトルを獲得! 翌年は4勝を記録するも2位に甘んじますが、1987年は開幕10連勝! と圧倒的強さを披露し、見事2度目の125ccタイトル獲得に成功しました。

1987年、2度目のGP125ccクラス王者となったF.グレシーニ(ガレリ)。

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その後1994年まで125ccクラス一筋でGPを戦ったグレシーニですが、ホンダ時代の1991、1992年に年間2位になるものの3度目のタイトル獲得は実現することはありませんでした。しかし、1997年からグレシーニはグレシーニ・レーシングの監督としてGPでの戦いを継続します。

2001年にはテレフォニカ・モビスター・ホンダ監督として、加藤大治郎の250ccクラス制覇をアシスト。2010年にはグレシーニ・レーシングでMoto2初代王者となったトニ・エリアス(モリワキ)をサポート。そして2018年にはMoto3のホルヘ・マーティン(ホンダ)、2019年にはMotoEのマテオ・フェラーリ(エネルジカ)を王者に導き、監督として4人の王者を育てています。

加藤大治郎と、F.グレシーニ。

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日本時間2月23日早朝時点では、巷に伝播したF.グレシーニの訃報は誤報だったのか・・・と安心したのですが、同日夕方にMotoGP公式Twitterは彼が亡くなったことを伝えることになりました。

Twitter: @MotoGP tweet

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ライダーとしてGPで21勝を記録し2度世界王者に輝き、監督業では4人の王者をアシストすることで、GPへ多大な貢献をしたF.グレシーニ。COVID-19との長い戦いをした彼の魂が、天国で安らかであることをお祈りいたします・・・。