みなさんはAMA(アメリカン・モーターサイクリスト・アソシエーション)の"2輪の殿堂"をご存知でしょうか? この制度は2輪文化構築に貢献した人物を選出し、その業績を讃えるために作られたものです。アメリカの組織ですので選ばれるのは米国人中心ではありますが、他国の偉人も選ばれていたりします。栄えある殿堂入りを果たしている日本人は2人・・・どちらもホンダに縁のある方です。

共に2000年に、殿堂入りを果たしております

AMAの2輪の殿堂は、今まで400人以上の2輪文化に貢献した人物が選出されています。第二次大戦後から2輪産業が勃興(ぼっこう)した日本・・・と、欧米に比べると2輪の歴史が浅いから仕方ないのかもしれませんが、1960年代には世界最大の2輪生産国に成長していた日本から、殿堂入りを果たしているのがわずか2人、というのはちょっと寂しい気がしますね。

名誉ある殿堂入りの日本人の1人は、ホンダ創業者の本田宗一郎です! 戦後に立ち上げた小さな会社を世界一の2輪メーカーに成長させる過程で、2輪のモータースポーツ活動でも多大な貢献をしたこと、を評価されての殿堂入りでありました。

オハイオ州メアリーズビルへ、2輪工場設立の視察に訪れた際の本田宗一郎(左前)。

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なお、本田宗一郎はアメリカの自動車の殿堂入りも1989年に果たしていますが、2輪の殿堂に選出されたのは2000年のことでした。そしてもう1人の殿堂入りをした人物も、本田宗一郎と同じく2000年に選出されていました。

そのもう1人は、"POP吉村"こと吉村秀雄です! 1970年代初頭からアメリカに活動の舞台を移し、ホンダCB750FOUR、カワサキZ1、そしてスズキGS750/1000のチューニングで活躍し、黎明期のスーパーバイクの世界を築き上げた偉人のひとりとして、その栄誉を讃える選出でした。

1971年、POP吉村はゲーリー・フィッシャー用のホンダCB750FOURレーサーに4-1集合管を与え、パフォーマンスアップに成功しました。アフターマーケットの世界でも、ヨシムラの集合管が大人気になったことは多くの知るところです。

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奇しくも、2人そろって2019年に第2回MFJモーターサイクルスポーツ殿堂入り!!

吉村秀雄率いるヨシムラは1960年デビューのホンダCB72と、その排気量拡大版のCB77のチューニングで、日本全国にその名を知らしめることになりました。ホンダの研究所がチューニングしたCB72/77よりもヨシムラのCB72/77の方が速い!! という事実のせいで、ヨシムラとホンダの関係が険悪になったなんてエピソードもありますが、本田宗一郎と吉村秀雄はともに、お互いをモータースポーツに情熱を注ぐ開発者として尊敬していたと伝え聞きます。

そして今年、本田宗一郎と吉村秀雄は「第2回MFJモーターサイクルスポーツ殿堂」にそろって入ることになりました。AMAの2輪の殿堂入りと同じく、同じ年にそろっての殿堂入りってのは偶然ではありますが、不思議な2人の縁みたいなものを感じさせる出来事にも思えました。

オハイオ州にある、AMA 2輪の殿堂博物館の内部。本田宗一郎と吉村秀雄に関する展示は、このように並んだ状態になっております。

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余談ですが、MFJはモータースポーツを統括する団体なので、「MFJモーターサイクルスポーツ殿堂」はモータースポーツ界に貢献した方を選出する制度になっています。一方、モーターサイクリスト団体であるAMA 2輪の殿堂はモータースポーツ界だけでなく、経営者、開発者、ジャーナリスト、団体など、2輪に関するあらゆるジャンルの偉人を対象に選出されているのが特徴です。

またAMAは2輪の殿堂の博物館があり、殿堂入りした方の業績を讃える常設展示をしていることも特徴です。まだ殿堂の制度を始めたばかりであり、AMAとは団体の性質が異なるMFJですが、日本における2輪文化の広い層への啓蒙のために、偉人の業績を後世に伝える殿堂制度の充実を、今後期待したいですね!

AMA Motorcycle Hall of Fame: Where Heroes Belong

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