1年に100本以上の映画を鑑賞する筆者の映画評。今回はホロコーストなどなかったと主張する反ユダヤ主義者と、法廷で対決を余儀なくされたユダヤ人の女性歴史学者を描く『否定と肯定』。
フェイクニュース問題に揺れる今だからこそ観なければならない一作。

実際に起きた歴史的裁判を克明に追う、実話ベースの作品

主人公はユダヤ人女性の歴史学者デボラ・リップシュタット。彼女は、ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺”ホロコースト”の存在を否定するイギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィングを自著で差別主義者と一刀両断したが、そのためにアーヴィングから名誉毀損で訴えられてしまう。

アーヴィングが選んだ法廷は英国の王立裁判所。英国の司法制度では、立証責任は訴えた側ではなく訴えられた側にある。そのため、デボラはホロコーストを否定するアーヴィングの主張を覆し、ホロコーストの実在を証明する必要に迫られる。
結果として、2人の裁判は、ナチスによる大量虐殺が実際に行われたのかという歴史的真実を争う、全世界が注目する戦いへと発展していく。

主演は『ナイロビの蜂』などで知られる名女優レイチェル・ワイズ。
彼女と法廷で対決することになる”ヴィラン” アーヴィング役にはティモシー・スポール。英国に生まれながらヒトラーに傾倒する歪曲した歴史家を、稀に見る憎々しい態度で見事に演じている。

『否定と肯定』12月8日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

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最後までカタルシスを感じることが少ないかもしれないが、勝利を得ることの方が重要だと教えてくれる作品

本作では、ヒロインのデボラ・リップシュタットが、その感情や正義感を抑え、法廷で一切の発言を禁じられる。また、アウシュビッツの数少ない生存者への発言の機会も与えられることはない。劇的かつ感傷的な場面は少なく、あくまでアーヴィングの非人間的な主張と信条を法廷で退けるために、論理的かつ遵法的な態度で裁判を進めるデボラの弁護団の冷静なチームワークに焦点が当てられている。

それがゆえに、本作では敵対する差別主義者(それはアーヴィングだけでなく、彼を支持する市井の”ネオナチ”や”差別主義者”たちも含む)を小気味好く罵倒したり圧するようなシーンはほぼない。あくまでも淡々と、アーヴィングの主張の論理的破綻や矛盾を指摘し、反証するだけに留めている。
だから作中でもデボラ自身が常にフラストレーションを抱え、自身の主張や差別主義者への敵愾心、ホロコーストで命を落とした者たちの無念などを自分たちの言葉で吐き出したいという想いをしょっちゅう爆発させるのだが、弁護人たちはそれを許さない。本作は映画なのだから、そんな見せ場を作ってもいいものだと思わないでもないが、(史実に基づいているということもあるだろうが)本作は最後まで抑えた態度で 法律と論理的な正当性だけを基準に弁論を進めるのだ。

だから正直、この映画を観ている者は、最後までカタルシスを感じることが少ないかもしれない。悪意を持って歴史を捻じ曲げようとする者への怒りや憎しみを暴発させてほしいと願うだろう。しかし、大事なことは、正しいことを正しいと結論づけることであるし、裁判で勝訴することである。

感情に流されたり、論理的正当性から逸脱してしまえば、フェイクニュースに踊らされることになる。本作は、そうした意図的に真実を曲げる勢力に対抗するための唯一の姿勢を我々に教えてくれているとも言えるだろう。