1年に100本以上の映画を鑑賞する筆者の映画評。今回はナチス・ドイツの侵攻に揺れるチェコ・スロバキアから数百人の子供たちを救った実在の人物、ニコラス・ウィントンの生涯と、彼の偉業の遺伝子を受け継ぐ多くの人々の物語『ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち』。

イギリスのシンドラーと称された1人の実業家が成し得た奇跡

第二次世界大戦の開戦が迫る1938年。
台頭するナチス・ドイツに対して宥和政策を採る欧州各国から、見捨てられる格好になったチェコスロヴァキアでは、多くのユダヤ人がナチス・ドイツからの迫害の危機に晒されていた。

絶望的な環境の中で、チェコスロヴァキアのユダヤ人家族たちは、子どもたちを英国の里親の養子とすることで脱出させる<キンダートランスポート>というプロジェクトを知り、先を急いで子どもたちをリストに登録する。

<キンダートランスポート>の運営者である英国人ビジネスマンのニコラス・ウィントンは
子どもたちを次々と列車で出国させ、合計669人もの子どもたちの出国を成功させるが、1939年9月の第二次世界大戦勃発によって、その活動はピリオドを打たれる。

ウィントンは救えなかった子どもたちへの自責の念から、自らがチェコで行なった活動を人に話すことはなく、救い出した子どもたちとも誰一人そのご連絡を取ることもなかったから、669人の子どもたちは自分たちを死の淵から救い出してくれた恩人が誰なのかさえ知らずにいたのだった。

しかし、長年連れ添ったウィントンの妻が、当時の活動を克明に記したウィントンのノートを発見したことで、彼の善行は多くの人が知られることになる。

誰かを救うのに強い動機はいらない、自然に助けたいと考える。そんな人間の尊さを感じさせてくれる良作

本作は事実に基づき、2015年まで(106歳まで)生きたニコラス・ウィントンと、彼と感動の再会を果たす子どもたちの記憶と記録を、時系列順に追っていく、一種のドキュメンタリーになっている。

ニコラスがユダヤ人の子どもたちを救う活動を始める動機は、特にドラマティックなものではない。たまたまチェコスロヴァキアに赴き、そこで見たユダヤ人家族たちの窮状をみて、何かできることはないかと考えただけだ。人道支援を行ううえで、重大な決意をしたわけでもなく、淡々と自分ができることをしようと思い、実行した。

映画では彼によって救われた子どもたちが、無事に家族や職を持ち、孫ができる年齢になって登場する。ウィントンによって永らえた命は、数千人もの新しい家族を生み出した。そして、彼らの多くは、自分たちもまたウィントンのように、名もなき善意の提供者として、多くのボランティア活動に力を入れているという。

一方、子どもたちやその子孫はウィントン(および彼に自分たちを託してくれた親たち)への感謝の念を強く抱き、それを熱く口にするが、当のウィントンは至極当たり前のことをしただけという、驕らず平静さを保ちつつ、時にユーモアを交えて当時を振り返る。彼が成した善行に比して、あまりにことなげに軽い調子のウィントンの語り口に、観ている我々は少々拍子抜けするとともにどこかホッとする。

そして彼が106歳という長寿を幸せのうちに全うし、彼が救った多くの子どもたちとの邂逅を果たせたことに、神とも言えるような大いなる存在を少し感じてしまうのである。

『ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち』予告編

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