古くはスペイン・ブルタコ社のアストロ、あるいはハーレーダビッドソンのオリジナルアイアンXR750、現代ではインディアンFTR™750など、メイカー主導のコンプリート車として企画されたダートトラックレーサーはいくつも列挙することができますが、実はここ日本でも、かつて一般公道での使用を前提としない "競技専用車両" の量産販売を目指す熱いプロジェクトがあったことを皆さんご存知でしょうか? 本日は時代の谷間に埋もれ、様々な不運が重なることで正当な評価を与えられる機会を失した、無限ブランドのダートトラックコンペティションマシン "MFT250" を紹介します。

MFT = ムゲン・フラット・トラックの誕生。

WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。今を遡ること18年前の2001年、ホンダから前年にFTR223が発売され、巷が空前の "ストリート・トラッカー・ブーム" に湧くころ。レーストラックで一定の評価を得るFTR250 (1986 ~ 1989?) はその製造終了から10数年経つにもかかわらず、ストリートでの大ブームにより中古価格が高騰。各メイカーの250cc / 450cc 水冷4ストロークモトクロッサーが出揃う以前でもあったこの時期、スポーツとしてダートトラックを楽しむ熱心なユーザーのために独自に企画されたのが "MFT250" でした。

車体のキャラクターの要となるメインフレームとスイングアームは、本場アメリカの流儀そのままにクロームモリブデン鋼の薄肉パイプ、前後ホイールハブや三つ又はアルミ削り出し製作の同車種専用オリジナル品。搭載される250cc空冷エンジンと各補機類はホンダの他車種から多くのコンポーネンツを流用することで、メインテナンスとランニングコストを抑えることも意図されました。

アンラッキーその1・搭載エンジンの選択肢。

無限MFT250が搭載するエンジンは、当時のホンダ製オフロード・トレールバイク、スーパーXR250 (MD30) からの流用で、かつて販売された同じ排気量のFTR250エンジンと比べ、公道走行のための排ガス規制により幾分 "牙を丸められた" 状態のものでした。

スーパーXR250 (MD30) には海外向けの兄弟車として、オフロードレーサーの "ME08" というモデルがあるため、MFTユーザーはそちらのパーツを使って戦闘力を高めることも可能でしたが、国内で容易に入手できるMD30型をその標準仕様として採用したこと自体、結果的に仇となった格好です。

撮影: 大津俊博 (FEVHOTS56)

MFT250が発売されたころの国内ダートトラックレースシーンでは、我が国のレース界によくある "階級的ピラミッドシステム" によって、250ccを境に、より大きな排気量クラスに参加できるのは十分な経験と戦績を積んで昇格したライダーのみ、と決められていたため、これ以上のパワフルなエンジンを搭載したマシンとして企画することも、当時は現実的な判断ではなかったはず。

先述のとおり、各メイカーの水冷4ストローク250 / 450ccモトクロッサーが市場に登場するのはMFT250の発売から数年先です。"もし" それらの高出力エンジンを、このコンプリートレーサーが標準搭載することができていれば、全く異なる発展を見せたであろうことは想像に難くありません。

アンラッキーその2・ホンダFTRシリーズとの競合。

メインフレームやスイングアーム、前後ホイールハブや三つ又など、車体の骨格をなすパーツ群を全く新しく小ロットで製作すれば、どうしてもコストは大きく膨らんでしまいます。発売当時の無限MFT250の新車コンプリート価格は、およそ90万円でした。本場アメリカで同等の仕様でレーサー1台を誂えるとしても、おそらく同じくらい、あるいはそれ以上の金額になるはずですが。

当時の日本が如何にブームに沸き、市場価格が高騰していたとはいえ、よりパワフルで実績のあるFTR250 (中古) はおそらく半額、同じ頃に発売されたFTR223 (新車) は1/3程度の価格で手に入ったことを考えると、MD30エンジンのポテンシャルとのバランスの中、そうそう手を出しやすいアイテムでなかったのは確かでしょう。

アンラッキーその3・フレーマーとしての拡張性をどう持たせるべきか。

無限MFTの車体・・・メインフレームとスイングアームは、本場アメリカ製のフレームワークを大いに参考としつつも、おそらく当時唯一の選択肢であったXR250 (MD30型) エンジンを標準搭載するためリサイズされ、フレーム上前部をエンジンオイルタンクとした独自の構成で成り立っています。

1980年中盤以降、本場の単気筒フレーマーのリアサスペンションは、それまでの一般的な2本ショックから、カンチレバー式のシングルショックへと徐々にトレンドが移行していました。1986年発売のFTR250は、当時先進的なリンク式シングルショックを取り入れ、2000年発売の廉価版といえるFTR223であっても、ダイレクトマウントの1本サスを採用しています。それに対し、無限MFTは、参考にしたアメリカ製のフレームがそうだったように、古典的な2本ショック仕様でした。

競技に要求される基本性能と、路面状況に合わせた適切なセットアップが成されてさえいれば、ショックは1本でも2本でもどちらも有効に、正しく機能しますが、より高額な価格設定を考えると、正統派とはいえ古めかしい "ツインショックスタイル" では少々ウケが悪かったのかもしれません。

競技の基本に忠実に構成されたクロモリ製の華奢な、コーナーリング中の "捻れ" を最大の特徴とする伝統的なフレームワークは、250ccオーバー、たとえば400ccの強力なエンジンを搭載すると、初めてその良さを体感できるようになります。あと何年か、MFT登場のタイミングが違っていたら・・・、発展的でよりベターなパッケージが提起されていたら・・・、我が国ダートトラックレースシーンの勢力図、いや全体の雰囲気が、まったく異質な方向に向かった可能性もあるでしょう。

10数年の時を経て、今も我が国ダートトラックシーンを彩るMFTたち。

つい先日、2001年の発売から18年目にして、デッドストックとして残っていた筆者の知る限り "最後の新車" である2台の無限MFT250が、ついに売約済みとなりました。定説では総販売台数10台とか15台と言われてきたMFT、本コラムのための筆者調べでは、実際にはもう少し多くのフレームが作られ、来るべき "次の段階" へと進む日を待っていた、という未確認情報もありますが・・・?

撮影: FEVHOTS

最後に筆者主宰のダートトラックレースシリーズ・FEVHOTSに現在進行形で参加する、無限MFTの何台かをご紹介しましょう。いずれも乗り手の趣向に合わせ、タンクやシートカウルの変更、大排気量の他機種エンジンへの積み替えなど、その発売から20年近くの時を経て、"正しく進化" している様子を感じ取っていただけるかと思います。

各地に未だ眠るダートトラックマシンと、あるいはそれを駆る新たな挑戦者が、益々レーストラックに姿を現す日を心待ちにしつつ、また次週金曜日の "Flat Track Friday!!" でお目にかかりましょう!