この夏、ハーレーダビッドソンは未来に向けた新たなマスタープランとして、市販予定の電動バイク、アドベンチャーモデル、そしてストリートファイタースタイルのコンセプトモデルを次々と公開し、世の人々に新鮮な驚きを与えています。さらにはアジアのメイカーと戦略的提携を結び、250〜 500cc モデルを新興マーケットに投入する計画もあるとか。ハーレーと言えば V型2気筒のクルージングイメージでしょうよ・・・いやちょっとお待ちを。毎週金曜、当コラムが様々な切り口から皆さんにご紹介しているアメリカンダートトラックの世界には、実はおよそ50年前から "戦う単気筒ハーレー" が存在するんです。というわけで本日は、それらを年代順に紹介する [前編] です!

まずはこのスポーツのメインストリームである2気筒マシンについてのおさらい。

WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。ダートオーバルを戦うハーレーダビッドソン!といえば1970年デビュー、橙色タンクでおなじみの傑作Vツイン・XR750がもっとも有名ですが、それ以前には WL / WR750 や KR750 という2気筒マシンが存在しました。

Harley Davidson XR750

ハーレー本社直轄のファクトリー・レーシングチームでは、ダートトラック専用に開発されたXR750の運用と平行して、一昨年2016年から新型水冷Vツイン "XG750R" を実戦投入。翌2017年シーズンから3名のファクトリーライダー全員にXG750Rを与え、XR750用の部品供給も縮小する雰囲気。足掛け45年に及ぶ、"このスポーツの中心にXR750がいた時代" がついに終幕を迎えようとしています。

Harley Davidson XG750R

花形であるマイルレース・ハーフマイルを走る2気筒モデル・XR750が "超ロングラン" だったのに対し、本日の前編でまず2車種を取り上げる "単気筒ハーレー" には、年代別に全く素性の異なる4モデルが存在します。新たな挑戦・苦肉の対抗策・傑作金食い虫・薄幸の重量級、とそれぞれにキャラクターのはっきりと分かれた、興味深いラインナップです。

60's: スプリントCR250・4ストローク横型シリンダー・最初の"イタルアメリカン"。

1969 Harley Davidson Sprint CR250

www.mecum.com

軽量・高品質な日本製モーターサイクルの波がアメリカ市場に押し寄せ始めた1960年代、ハーレーの出した対抗策は、自社のアイデンティティであるV型2気筒に固執するのではなく、イタリア・アエルマッキ製の水平単気筒4ストロークエンジンを搭載した新モデルを普及機として市販することでした。

当時のカタログを見ると、公道市販車両は2つのグレードが用意され、オフロードコンペティションマシンとして "スクランブラー" が掲載されています。オーバルトラックではライダーの好みに合わせて様々な仕様が考えられることから、専用マシンは基本的に未組み立ての部品の状態でユーザーへと引き渡されました。

ダートトラックレースシーンでは、トラックの特性に合わせてエンジンプロフィールを変更することが珍しくありません。このスプリントCRシリーズも例外ではなく、ショートストロークで最高回転数10,500rpm以上の高回転型 "ロングトラック向けエンジン" と、ロングストロークで短距離の加減速において優れたトラクション性能を発揮する "ショートトラック向けエンジン" のいずれも高い評価を得たようです。

ライダーの性格や能力を知り尽くしたそれぞれのチューナーによって各部を高度にチューニングされ、ダートトラックに最適化した出力特性のエンジンを、軽く華奢で低重心のレース専用フレームに搭載したレーシングマシンは、乾燥重量100kg以下・最高出力はこの時代にしてなんと40馬力強。驚くべきことに、この数値は現代の水冷4ストローク250ccモトクロッサーとほぼ同等 (!) です。

筆者は南カリフォルニアのとあるローカル・ショートトラックで、"ハーレー・スプリント250" が、450cc・DTXマシンと同じレースに出走するシーンに出くわしたことがあります。どちらもそれなりに腕の立つアマチュア中年ライダーのライディングで、結果はスプリントがごくごく僅差で敗れましたが、文章で簡単にお伝えするのが難しいほどの、50年前の車両とにわかには信じがたい猛烈なスピードとパフォーマンスを見てしまいました。乗り手と運次第では・・・と考えさせられた、たいへん印象深い出来事です。

70's: MX250・本気で"バハ"を目指した2サイクルオフロードコンペティション。

1978 Champion Framed Factory Harley Davidson MX250

metroracing.com

日本製のみならず欧州各国からも様々な軽量ハイパワーのオフロードマシンがアメリカに導入され始め、映画 "ON ANY SUNDAY / 栄光のライダー" のような、不整地でのモーターサイクル走行を楽しむ文化が少しずつ一般化してきた'70年代、危機感を募らせたハーレーは、新たにイタリア・アエルマッキ製の2ストローク250ccエンジンを搭載したオフロードマシンを世に送り出す決断を下します。

海外製モトクロッサーを研究することからスタートしたプロジェクトは、ハーレーダビッドソン初の市販モトクロスマシン・MX250の発売に至り、そのエンジンを搭載したダートトラックマシン "フレーマー" も派生します。軽量コンパクトな車体は特にショートトラックで重宝されました。

上の写真は1978年にMX250エンジンをチャンピオン製レーシングフレームへ搭載した個体で、ビル・ワーナー率いるハーレーファクトリーチームが、ジェイ・スプリングスティーンのために製作したもの。ジェイはこのマシンを駆ってヒューストン・アストロドーム・ショートトラックでの全米選手権に勝利、さらに1980年にはマシン貸与を受けたスコット・パーカーも、ニューメキシコ州サンタ・フェのレースで "全米選手権ショートトラックでの自身初優勝" を獲得しました。

Scott Parker at The Larry Weiss Memorial

youtu.be

動画は、1980年の勝利から実に32年ぶりにレストアを受けた、全く同じ個体のMX250フレーマーを走らせるスコット。マシンはその間 "ジェイんち" の地下室に仕舞われたまま、長年忘れ去られていたようです。ちなみにスコットのレザースはこの数年後、体型が変わり半分しかファスナーが締まらなくなります。名物雄叫びインタビューも見ることができ、色々な意味で貴重な映像と言えますね。

ハーレーファクトリーチューンのMX250フレーマーのスペックは、スプリントCR250同様、公称100kg以下・40馬力。コンパクトな2ストロークエンジン由来のスッキリとしたプロポーションがとても美しいマシンです。1984年にAMAがショートトラック戦を500cc・4ストローク中心となるようルール改訂したため、以来このような2ストローク・フレーマーはそのほとんどがプロ選手権から姿を消すこととなりました。

いかがでしたか?今回はシリーズ前編ということで、'60年代〜'70年代に活躍したイタリア・アエルマッキ製エンジン搭載の単気筒ハーレーダビッドソン2モデルの解説をお届けしました。次週・・・は閑話休題・いったん別なテーマを展開しますが、引き続き'80年代以降の2モデルを取り上げる後編にもご期待ください。ではまた金曜の "Flat Track Friday!!" でお目にかかりましょう!