連載『ホンダ偏愛主義』。自他共に認めるホンダマニア・元Motor Magazine誌編集部員でフリーランスライターの河原良雄氏が、ホンダを愛するようになった理由を、自身の経験を元に紐解きます。第6回は、「ライフ・ステップバン」。(デジタル編集:A Little Honda編集部)

ライフ・ステップバン

ライフ・ステップバンは1972~74年と言う短期間しか作られなかった軽商用車だ。当時の軽自動車はエンジン排気量が360cc、ボディサイズは全長×全幅が3×1.3mと、今から見れば超コンパクトだった。にもかかわらず最大限のスペースユーティリティを確保していた。それは当時は考えられなかった1.62mという背の高さゆえだった。この軽自動車のトールボーイという発想は、後のスズキ ワゴンRが大いに参考にするのだった。

まずはシトロエンH風なスタイリングを見て欲しい。ここにはホンダ流の合理性が満ちていた。少しでもコストダウンを図るべく多くの流用パーツを採用していたのだ。フロントグリルとテールランプは軽トラックTN360用、リアゲートは軽バンのLN360用、フロントシートは軽乗用車ライフ用を使っていた。さらにドアパネルは右フロントと左リアを共用できるように左右対称としていたのである(ドアサッシは溶接なので別)。

ベースとなったのは当時の軽乗用車ライフ。だからFFのコンポーネンツはすべて流用。エンジンはEA型の水冷直2SOHCで1キャブ仕様で最高出力30ps。これに4速MTを組み合わせていた。インテリアは独創的だった。いち早くセンターメーターを採用し、ダッシュボードはフラット形状としていた。これは配達時の伝票記入のための机で、隅にはペン立てまで備えていたのだ。ターゲットはクリーニング屋や花屋で、ドアも含めサイドパネルの大きさは看板として使えるように配慮されていた。「さぞかし成功しただろう」と思われるかもしれないが人気獲得はならず。その理由は、カーゴスペースがライバルに比して狭かったからだった。

生産終了で人気となるのもホンダ車の常だった。いなくなって有難みを感じる恋人のようなもの。上下2分割リアゲートなど機能的な設計にサーファーたちが注目。ボディをペイントしたり、エンジンをツインキャブやボアアップでパワーアップしたり、ライフの5速MTを組み合わせたりと、カスタムの世界が広がって一気に人気者になる。

私も当然ながらステップバンは欲しかった。知り合いのカメラマンが大事に持っているのを知る。彼はメルセデスベンツ190Eを野ざらしにしつつステップバンをシャッター付きガレージに収めていたのだ。程度の良さは折り紙付き。口説き落とすこと5年。晴れて手元に。乗ってみれば3速の限界が60km/h。ゆえに高速では70km/hでもシフトダウンできぬ不便さはあったものの、街中では便利&快適そのものだった。30年ほどオーナーとなり、その間2度もレストアして楽しんだが売却。今は次のオーナーが大事に保管していると聞く。

半世紀近く前の傑作車、ライフ ステップバンの型式はVA。その志は96年、「ステップ バーン」を名乗るS-MX、そしてステップWGNへ受け継がれた。そして近々登場予定の軽商用車N-VANはVAの再来と期待されている。'