長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。今夜は悪友寺島のバイク屋を手伝っていた・・・が、ちょっと飲みたい気分になってきて。
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第30話「月光通り三分咲き」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部

テレビ局を辞めたものの、特にやりたいことも見つからずに時間ばかりが過ぎていく。
一応漫画家を志してはみたものの、それが本気でやりたいことなのかと問われれば、我ながら首を傾げて困り顔くらいしかできない。

生計のためでもあるが、友人の寺島のバイク屋を手伝っているのも、やりたいことが見つからずにとりあえず頼まれたことをこなしているに過ぎないのかもしれない。
春先はバイク屋は忙しい。点検整備の依頼はひっきりなしに来るし、新車が売れたら売れたで事故って返ってくる始末だ。
その日も閉店時間を過ぎても作業は終わらなかったが、急ぎでやりたいことが他にあるわけでもない、私は淡々と単車に向かっていた。

寺島が「泊まっていけよ、たまにはつきあえ」と言ったとき、時刻はすでに23時を回っていた。帰っても特になにがあるわけでもないし、実は飲みたい気分でもあった私は、寺島の誘いに乗ることにした。ところが、寺島がシャッターを閉めようとしたとき、ヘルメットをかぶったままの若者が「あのーっ」と顔を出した。バイク便のお兄ちゃんらしいが、急にエンジンがかからなくなったという。

寺島は無下に断ろうとしたが、仕事中で難儀しているのも可哀想だと思い、見てやることにした。

23時を回った深夜に、バイク便のお兄ちゃんが「バイクが動かない」と泣きついてきた

バイク便の若者のバイクを修理終わると、もう深夜だった・・・

「松ちゃんは人がいいよナ」と寺島は半分呆れた顔で言う。よせやい、と私は返した。「じゃなかったらオマエの店なんか手伝うかよ」

バイク便の若者のバイクが動かない理由は、プラグが減っていたためだった。

「ホレ直ったぜ」と若者に声をかけると、彼は大きな声で礼を言って去っていった。
若者を見送りながら、寺島は仏頂面で「この時間じゃどこもお店やってないゾ」とぼやく。

「そんなことないさ」と私は言った。
私だって飲みたい。今夜はそういう気分なのだった。

どこ?どんな店にいこうって言うの?松ちゃん?

友人を連れて松ちゃんが向かった店とは・・

いったい私は何がしたいのだ?
口に出してもどうにもならないとわかっていても・・・口に出したいこともある。

アテあんのかよ?と訝しげな顔をする寺島だったが、私は彼を連れ立って、街に出た。
酔いたいわけじゃない、ただ飲みたいのだった。

さて、松ちゃん、どんな店に行ったと思います?

てか、あなたなら、仕事終わりの深夜、どんな飲み方をします?