春めく3月、ダートトラックレースの本場アメリカでは、いよいよ全米プロ選手権AFT: American Flat Trackが現地時間の昨日15日木曜にフロリダ州デイトナビーチで開幕戦を迎えています。わが国でもそろそろ各地のレーストラックで新たなシーズンが始まろうという時節ですが、今回はダートトラックをまだ全然知らない方、このコラムを読んで少しだけ興味を持ってくださった方、走り始めたけどどうしていいかまだよくわからない方と、そしてすべてのレースファンに向けて、ダートトラックの基本的な走法について、なるべくわかりやすくお話ししてみたいと思います。

"キング・オブ・クール"のありがた〜いお言葉!?

「なあなあ、あんたのレースバイク、ブレーキの調子はどうだい?」
「よくわからないな、実を言うと乗ってて一度も使ってないもんでね」

これは、スター俳優としての知名度によって会場で注目されることを嫌い、しばしば "ハーヴェイ・マッシュマン" の偽名で、モーターサイクル・オフロードレースに出場した "キング・オブ・クール" が知人に語ったとされる決めゼリフです。

www.brucebrownfilms.com

WELCOME RACE FANS!! ダートトラックライダー/FEVHOTSレースプロモーターのハヤシです。本日の "Flat Track Friday!!"ではいよいよ秘密のベールに包まれた?魅惑の?ダートトラックライディングの世界に皆さんをお連れしようと思います。

・・・が、申し訳ありません。正直申し上げて今回は長いです。平易に簡潔に語るのってとても難しい。というか、もうこの際、他のどのモーターサイクルスポーツよりも複雑で難しいテクニックだ、と思っていただくのが良いかもしれません。

ダートトラックライディングは、それぞれの比率と総量はさておいて、度胸・運動神経・理論の正しい理解・折れない心、この4つすべてが必要な、おそらく、わりと、だいぶタフなスポーツです。シンプルなスプリントレースのくせに。

冒頭のカコミで引用したハーヴェイ・マッシュマンとは、現代でも男前のアイコンとして認知され、伝説の "キング・オブ・クール" と呼ばれるスティーヴ・マックイーンのことですが、出演したドキュメンタリー映画「栄光のライダー / ON ANY SUNDAY」で、ブルース・ブラウン監督によって随所でフィーチャーされるように、(本人は、命賭けで走る彼らには絶対に敵わない、と常に謙虚だったそうですが) 本職のプロライダーたちにひけを取らない、人並みはずれたライディングテクニックの持ち主だったのは事実のようです。

作品終盤でマックイーンが当時のハーレーダヴィッドソン・ファクトリーダートトラックライダー、マート・ローウィルや、オフロードレジェンド、マルコム・スミスと共に、軽量ハイパワーなオフロードバイクで砂丘を縦横無尽に走り回って戯れるシーンがありますが、映画撮影当時 (60年代末) にローウィルが全米選手権を戦ったダートトラックレーサーKR750には、そもそも前後ともブレーキは装着されていませんでした。

1967 Harley-Davidson KR750 Flat Track Racer

www.mecum.com

ダートトラックのスライド走法はママチャリドリフトとは正反対の原理!

ダートトラックの最も基本的なスライドシークエンスは、所謂リアタイヤに制動力を与え、回転を遅くし、ロックさせる方向の「ブレーキングドリフト」とも、立ち上がりの空転「パワースライド」とも、根本的に考え方が異なります。

筆者主宰のダートトラックレースシリーズFEVHOTSの中量級カテゴリ・ミドルウェイトDTクラスのレース風景。メイカー出荷時175~250ccの空冷4サイクル車両が中心。2017-12-23 撮影: 齊藤淳一(Flattrack Express)

ストリートシーンにトラッカースタイルが溢れた2000年代初頭、あらゆるメディアが『リアブレーキをきっかけに〜』などと訳知り顔で表現したため、真似して試した "よいこのみんな" こと一般ライダーたちは、踏んで→離して→ハイサイド!寝かせて→滑って→ローサイド!それぞれ激しく痛い想いをしたことは間違いありません。レースを始める以前の筆者も、何を隠そうその中の一人です。とほほほほ。はずかしや。いたたたた。

タイヤの外径差を利用することで後輪の回転速度が対地速度を超えます。

ご存知のように、モーターサイクルタイヤの断面は四輪と異なりラウンド形状です。つまり中央部分の外周が最も長く、サイドウォールに近い左右エッジ部分の外周が最も短いわけですが、ダートトラックではこの外径の差を利用してコーナーリングモーションを生み出します。

ある一定の速度で直立・直進するマシンを "スロットル開度を維持したまま" フルバンクさせていくと、外径の短いサイド部分に接地面が移行することで、リアタイヤが地面に対して "より速く回ろうとする" 力が働き、スリップ現象が発生します。

滑りやすい路面で確実にマシンの向きを変え、他者より速く、より安定した優位な状況を作るため、意図的にリアタイヤをブレイクさせる。これこそがダートトラックでのスライド走法の第一歩です。

リアタイヤがフロントタイヤを追い越します。マジで。

ダートトラックの走路は、平滑で、グリップレベルができるだけ均一に近づくよう、様々な手法で路面整備がなされるわけですが、それでも車速を上げていけば、滑りやすいサーフェイスであることは間違いありません。

その条件下で、他車より速くスムーズにターンを回り、また他車より早くスロットルを開けてストレートを走るためには、最も転倒リスクの高いターン進入部を、可能な限り速やかに通過する必要があります。

ライダーがターン進入でスロットルを戻し切る前に、素早く車体を左にフルバンクさせることで、リアタイヤはブレイク = スリップ現象により右側へと振り出され、マシンの向きと進行方向にズレが生じます。

車体が横を向くことで進行方向に対するホイールベースは相対的に短くなり、最も不安定なターン進入部を、普通にタイヤを転がすより短時間で、つまり結果的には低いリスクで通過することが可能となるのです。

さらに進行方向に対してリアタイヤがターンのアウト側に勢いよく振り出されるため、タイヤ表面のグリップのみに頼ることなく、スリップしながらバランスを取り続けることで、いち早く車体をターン出口に向けて旋回させることができます。言うは易しで簡単に表現するならば、リアタイヤがフロントタイヤに追いつき、追い越していく状態です。

数々のモーターサイクル・スピード種目の中でも、ダートトラックの "加速度を維持したまま車両を横向きに走らせる" 走法は、控えめに言っても他カテゴリーのコーナーリングセオリー以上に複雑な物理現象の制御であり、それを駆使しての "ハンドルバー to ハンドルバー" の接近戦は、モーターサイクルレーシングのもっとも初源的な美しさと激しさを併せ持つものだと言えるでしょう。

カウンターステアは勝手にキレます。難しいのは"逆カウンター"。

スロットル開度と速度を維持したままのフルバンクという、一見不安定な状態に置かれたマシンは、けなげにも"それでも転ばず走り続けようと" してくれます。

いわゆるダートトラック的な、写真映えするダイナミックなコーナーリングスタイルは、車体を深くバンクさせていく過程で、セルフステアによるカウンター、いわゆる逆ハンドルが自然に切れることで発生しますが、残念ながらそのままでは旋回は50%も終了していません。新たな操作を加えなければ、マシンは最終的に失速・転倒するまでターン奥をめがけて滑り続けるだけです。

次のストレートにつながるターン出口へと車体を向けるには、再びマシンの駆動力を強く地面に伝えるため、繊細なスロットルコントロールとボディアクションを駆使しつつ、"切れたカウンターステア = 右向き操舵" を終わらせ、"左にハンドルを切っていく" ライダーの積極的な操作が必要不可欠となります。以下はスローモーションが多様された "極端な解りやすいサンプル" です。

Thunder MultiMedia

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facebookからの動画なので、お使いのブラウザによっては再生されない可能性があります。YouTubeなどで代替えとなる動画を探しましたが現状ではこれがベスト。また他に見つけたらご紹介します。

何回かコースに通って練習するうち、ターン進入でのカウンターステアからスリップ状態を維持することは、自然に誰でもできるようになります。

ですが実は技術としてより難しく、またマシンの動きがなお一層面白くなるのは、その先の "逆カウンターステア状態" に持ち込んでいく段階から。この過程では無用の大転倒による怪我のリスクを最小限に抑えるため、すでにこのテクニックを理解し、実践できる経験者からの的確なアドバイスが得られる状況での反復練習が、より効率的だと言えるでしょう。

可能な限り低速の小さなオーバルから練習をスタートするにせよ、全くの未知の動作に、客観的な視点と冷静な助言なしに闇雲にトライするのは、あまりオススメの方法ではありません。

転がるタイヤを転がさない → これこそグルグル奥義・スライディングブレーキ!

ここまでの長口上で筆者は、車両に備わったリアブレーキシステムの操作タイミングについて、特にご説明しませんでした。なぜならそれは、ダートトラックでの本当の基本となる走法には、一切必要がないからです。序盤に写真でお見せした、マート・ローウィル世代 (1960年代) のマシンが完全なブレーキレスであることが、その証明です。

ではどうやってライダーはコーナーリング中の速度をコントロールしているのでしょうか?スロットル開度によるスピードコントロール・・・だけではありません。こちらの動画をご覧下さい。

CaliStokeda!

youtu.be

お分かりいただけるでしょうか?実はダートトラックでは、車体を横向きに走らせることで、タイヤという "転がるために生み出された道具" を、"転がらない方向に横滑りさせながら路面に押し付けて" 強力な摩擦抵抗とし、"スリップ率" と "グリップ率" とのバランスを取りながら、ターン進入から向き変えまでに必要な減速と、ターン立ち上がりからストレートでの加速に備えたトラクションの維持と増加を、完全に同時に、シームレスに行っているのです。

これがダートトラックライディングのキモ "スライディングブレーキ走法"の簡単な解説です。冒頭で登場したスティーヴ・マックイーンも、デザートレースという別なフィールドではあれ、このような原始的なブレーキングテクニックをおそらくは駆使して走っていたのではないでしょうか?

実は使うリアブレーキ。ただしトラクションコントロールのために。

というわけで、このノーブレーキで横向きにマシンを走らせる走法が、ダートトラックでのオーバル周回のための "もっとも基本的なテクニック" ですが、実際のレースではライダーはリアブレーキをそこここで使っています。上記の原理原則は維持しつつ、ライバルを出し抜くための細やかなラインコントロールに、滑る路面とタレるタイヤを、チェッカーフラッグを受けるその瞬間まで仲良くさせ続けるための"トラクション・コントロール装置"として。またあるいは、前走者が不意に転倒した際の緊急避難のために。

夜間照明のもとで行われるアメリカのレースでは、リアディスクローターが真っ赤に発熱している車両を見かけることも珍しくはありません。本場仕様の車両に装着されるブレーキシステムは、リアタイヤをフルロックさせることがほぼ不可能な絶妙のレバー比率で、リターンスプリングも撤去、前時代的なパーツをあえて組み合わせるなど、随所にこのオーバル種目に競技に特化したチューニング技法が盛り込まれています。伝統的で奥深さに満ちた、本格ダートトラックレーシングマシンのご紹介などは、また別の機会に。

次回は得意の長文を一旦小休止。全米ダートトラック選手権開幕戦"デイトナTT"の模様をお伝えする予定です。短文、できるかな・・・?ではまた次週金曜の"Flat Track Friday!!"でお会いしましょう!

筆者所有・C&Jフレーム+CRF450Rにストローカーkitを組み505cc化したエンジンを搭載したレース専用マシン(フレーマー)の部分。2016全米選手権王者・B.スミスがかつて使用した車両。撮影: 齊藤淳一(Flattrack Express)