そんな自由な生活を送る松ちゃんのカフェに、積もる雪をものともせずやってきた一台のニンジャ(Kawasaki GPZ900R)。それは業界時代の松ちゃんの仕事仲間の西山涼53歳だった。
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第28話「雪原の花火に」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部
かつての松ちゃんを知る男がやってきて
俺はリョウ。西山涼、53歳だ。昔は芸能プロダクションの社長だったが、いまはとりあえず無職だ。
かつて一緒に仕事をした松ちゃんがテレビ局をやめたと聞いて、ニンジャで松ちゃんのドヤに向かったのだが、折しも大雪で路面もところどころ雪が残っていた。まあ、俺の腕ならこのくらいの雪はなんてことないのだが。
とはいえ、こんな雪の日にわざわざ会いにきた、それも5年ぶりだというのに、松ちゃんの野郎、何しにきた?とでも言いたそうな仏頂面で迎えやがる。ほんとふざけたオヤジだよ。
「テレビ局辞めたんだってな」俺は開口一番そう言ったが、松ちゃんは熱いコーヒーをカップに注ぎながら口を開かない。
「知らなかったよ、辞めるんなら声かけろよ」と俺は続けて言った。するとこの野郎、表情も変えずに「そんな義理はない」と言いやがる。
こいつ、と思ったが、正直松ちゃんは前からこういうやつだった。俺は苦笑しながら「あいかわらずだな」としか言いようがなかった。とはいえ、俺はこのオヤジの手腕を高く買っていた。だから正直に「松ちゃんとなら会社つくってもいいのに」と言った。
だが、松ちゃんは「よせやい」とこのときばかりは表情を崩して言いやがる。せっかく自由になれたんだ、と。
何がしたい?お前は何のためにここにいる?
俺には分からねえ
せっかく業界屋としちゃいいモノを持ってるのにもったいねえ。
俺はそう思い、そう言ってやろうと思いもしたが、松ちゃんは結局なんにも変わってない。昔からこういうやつだったし、テレビ局に長いこと働いていたこと自体が、ちょっとした間違いだったんじゃないか、そんな気もしたのさ。
とはいえ、こんな人気の少ない辺鄙な場所に引っ込んでいて何が面白い?ここで何があるっていうんだ?俺には松ちゃんの気持ちがよく分からなかった。
「帰るよ」俺はそう言って席を立った。
ニンジャはすっかりエンジンが冷え切っていた。暖機をしながら俺は胸に沈み込む疑問を松ちゃんにぶつけることを止められなかった。
ニンジャのエンジンの回転が落ち着いてきたとき、俺は、なあ松ちゃん、と切り出した。「おまえ、こんな事がしたかったのか?」
松ちゃんは、俺が来たときと同じような仏頂面のまま答えない。俺はゆっくりとニンジャを動かし始めたが、走り出す前に一度停車して振り向いたが、やはり松ちゃんは表情を変えずに黙っていた。
俺にはやつの気分が分からない。一体何がしたくてこんなところに引っ込んでいるんだ?
誰か教えてくれよ。
俺はそんな釈然としない思いのままニンジャを走らせた。やがて夕暮れになれば、路上の雪は凍りだし、並みのバイクや車は走れなくなるだろう。
俺?俺には関係ない。どんな路面だろうと、俺とニンジャは軽やかなダンスを見せるのさ。