長年勤めてきたテレビ局を辞め、自由な生活を求めてほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。
松ちゃんに懐いているヒトシは、バイク盗難に遭って意気消沈。そんなヒトシを見るに見かねた松ちゃんがとった行動とは??
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第25話「性悪女に入れ込む悪い癖」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部

バイクを盗まれてしょげるヒトシ・・・なんでも口に出せる若者が羨ましい57歳。

古いカフェを改装して住み着いた私は、漫画を描くかたわら、バイク屋の友人の手伝いをして生計を立てている。
自由にやりたくて長年勤めた会社を辞めて、一人自由に気ままな時間を過ごすつもりが、なぜかリナは勝手に住み込んであたかも自分のカフェを始めたかのようにコーヒーを淹れているし、先週バイクを盗まれたというヒトシは、惚けた顔をして居ついている。いったいなんなんだ。

「そんなにガックリくんなヨ」
あまりにも魂が抜けたようにしているヒトシを見かねて、リナが言った。

「俺・・・どうやって生きて行ったらいいのかわからない」ヒトシは生気のない横顔で呟くように言う。

ヒトシはなんでも口に出す。
口には出さないが、どうやって生きていくかわからないのは、俺もだよ、と私は胸の内で呟いた。

若者の甘えにのって甘やかす57歳の憂鬱

「おいヒトシ、ちょっと手伝え」私は整備を終えた愛車のSRを表に出した。ヒトシは生気のないままSRの後ろを支えながら、私と一緒に外に出る。

「エンジンかけれんのかァ?」

私が声をかけると、ヒトシは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに満面に喜色を浮かべて「えっマジ!?」と叫んだ。

SRにはセルはない。
ヒトシはなんどかキックを繰り返していたが、やがてトパン!という音とともに、単気筒が小気味いいサウンドを轟かせた。

「ねえ」とリナは私に少し呆れ気味の表情を浮かべて言った。「あのバイク、あげちゃうの?松ちゃんはヒトシに甘いわよ!」

「名変(名義変更)と保険が条件だ」と私は言いながらガレージへと向かい、SRの代わりとなるハーレーのカバーを外した。
隠してたの?とリナは不服そうな声を出した。そういう訳じゃないと私は答えながらエンジンをかける。
「ガス入れて来るワ」と私は言って、ハーレーにまたがった。

いいなあ、と言うリナは”ヒトシばかりずるい”という不満顔。だが、私とてヒトシに愛車をくれてやる自分のお人好しには大概うんざりなんだ。

若者に甘えられて喜んでいるわけでもない。むしろ自分のほうが甘えているのかもしれない。57歳にもなった自分のほうが・・・。うんざりなんだよ。

ウソ!褒められたいクセにぃ・・・?よせよ、それは性悪女の言うことだ。

(続く)