なんでもできるけれど一番にはなれない・・・そんな自分への不信のあまり、心に闇を抱えるようになった青年、青嶋英明。彼の憂鬱を救うものとは・・・・
オートバイ2017年10月号別冊付録(第83巻第15号)「The Masquerrade Is Over」(東本昌平先生作)より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@ロレンス編集部

根無し草にように生きる虚無的な青年

青嶋英明は、新潟生まれの24歳。8歳のときに両親が離婚したので、それ以来母親の実家がある富山で育ち、奨学金で東京の大学に進学した。
彼は優れた容姿の持ち主で、20歳のときにアルバイト中にスカウトされて、雑誌モデルの仕事をするようになったが、最近ではぱったり仕事がない。

今ではピザの配達のバイトと、金と暇を持て余した年上の女性をパトロンにして生活している。

ある意味恵まれた暮らしとも言えるかもしれないが、英明は心の中に巣食う深い憂鬱と自己嫌悪に苦しんでいた。見た目がいいのは自分でもわかっている。だが見た目だけでモテることに、彼は納得できないのだ。

見た目がいいとは言っても、スカウトされて始めたモデル業もさっぱりなのは、自分の見た目が一番ではないからだと英明は思っている。小さい頃から、なにをやっても二番どまり、どんなに頑張っても一番になったことがない。それが英明の憂鬱の種であり、自分への不信に繋がっていた。
勉強もスポーツも常に自分の前に誰かいる。そのうち一番になってやる、と努力を重ねてきたつもりが、結局いつも一番には手が届かない。
そんな諦めが英明の心を蝕み、何に対しても熱中できずに醒めてしまうようになった。自分でもわかっているが、どうしようもない。英明はそんな青年だった。

自分の見た目にだけ興味を持たれることは彼にとって苦痛だった

「オハヨ!」
大学の講義に出席するため、教室に入ると、彩子という学生がにこやかな笑顔で英明に話しかけてきた。
英明は女には不自由したことがない。女の関心を引き寄せるくらいには十分な容姿を持っていることは自覚している。”どうせ君も俺の見た目しか見てないんだろ”・・・英明は無表情のまま彼女を見やる。

自分に声をかけてきたゼミの同級生にも冷めた視線を送る英明

英明の心を知ってかしらずか、彼に関心を寄せる同級生

講義が終わり、外に出ると、パトロンをしてくれている女性から連絡が入る。大学の側にきているらしい。外に出ると女は路肩に派手なフェラーリのオープンカーを止めて、英明が来るのを待っていた。

次の”逢引”の確認をするためにわざわざ寄ったのだという彼女のカラダを、英明は車の窓越しに軽く引き寄せると唇を合わせた。女は英明の首に両腕を巻きつけ、しがみつくようにして英明の舌を求めた。

実は講義の前に声をかけてきた彩子が後ろにいるのを、英明は知っていた。
知っていたので、敢えて情熱的なキスをしてみせたのだ。
女の運転するフェラーリを見送った英明が振り向くと、彩子は青ざめた顔で立ちすくんでいた。

「へんなところを見られちゃったかな」英明は軽く笑って彩子に声をかけた。
彩子は無言のまま手で顔を覆い、走り去ったが、英明は冷めた顔で彼女を見送った。残酷な仕打ちと思わなくもなかったが、見た目だけで自分に興味を持たれても、英明にとっては迷惑なだけだったのだ。

虚無にとらわれ悩む青年はやがて一つの決意をする・・・・

そんなことがあってから、英明の憂鬱は余計ひどくなってきた。
他人を傷つけて嬉しく思うようなひねくれた部分は彼にはない。彩子にした仕打ちは冷たかったが、同じナイフの反対側の刃は、確実に彼自身を傷つけていたのだ。

彼は減っていく一方の貯金通帳を見つめながら自分の行く末を考えた。
一生女に食わせてもらうわけにもいかないし、そもそもそんなうまくいくとも思えなかった。だからといって、就活をする気力がない。努力して報われなかった時の痛みを繰り返し味わうことへの恐怖が、英明の心を蝕んでいたのだ。

しかし、そうはいっても、なにもしないでいるわけにはいかない。
「ぜいたくなのよ」年上の女性に言われた言葉を、英明は思い出した。英明はしあわせよねェ・・・と彼女は言ったが、彼女がどういう意味で言ったのかはともかくとして、彼はとても自分のことをしあわせとは思えなかったのだった。

虚無を捨て倦怠を振り捨てて、自分のバイクで走り出す

その日、英明は屈託無く笑っていた。

もうすぐ卒業だったが、金もなく就活もしてこなかった彼は、留年してもう一年大学に残るというオプションを持てず、退学届を出した。パトロンの支援をねだることはできたかもしれないが、彼にはそんなつもりはなくなっていた。

「え〜〜?英明ガッコウやめちゃうのォ!?」「辞めてどうすんのョ!」と彼の取り巻きの女子たちは口々に言った。
「アハハッさーてね」と英明は笑った。

彼の側には一台のバイク。HONDA CBR250RRだ。
彼は大学を辞める決意をすると同時に、パトロンの女性にも別れを告げていた。自分を縛るモノを無くし、代わりに米国旅行でもするつもりで貯めていた金を使って、このバイクを買ったのだ。

漠然と将来を心配し始めたときは、なにかと不安だったが、身軽になるとそれまでの不安が嘘のように消え、少年の頃にように無邪気に何かに挑戦したい自分がいた。
別にバイクが夢のような輝かしい未来への切符のように考えているわけではない、ただ、前にしか進めない、不器用な乗り物に、自分のあるべき姿を見出したような気がしただけだった。

「どうせパトロンに買ってもらったんでしょ?」取り巻きの女の子が揶揄するように言った。

「自分で買ったんだよ」英明はヘルメットを被りながら言った。「あのひととは別れたんだ」

そうさ、自分で買ったんだ。自分で新しい道を選んだんだ。
何があるかわからない、大学を辞めてその先にどんな未来があるのか知らない。だけど、とにかく前に進む。どうせ一番にはなれない、どんなことにもそんな諦めを抱くようになっていた自分と決別したんだ。

英明は女の子たちと別れを告げ、バイクに跨りエンジンをかけた。これでおわりじゃない。俺は再び挑戦者になったんだ。そんな想いを右手に込めて、英明はスロットルを開く。自分のバイクで走り出す。

(次号へ続く)