長年勤めてきたテレビ局を辞めて、自由な生活を求めて、ほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。バイクフレームの溶接に励んでいるところに、渡米したはずの旧友ガブ・ロウの女が急に訪ねてきて、こう言った。「ガブ 死んじゃった」
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第22話「それでも青いカクテルを」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部

けたたましい爆音を響かせて、派手なアメ車がやってきた。
乗っていたのは女が一人。車に負けないくらい派手でケバいその女は、ガブのオンナだった。

悪友ガブ・ロウの死を告げにやってきた女

「よう」と私は言った。「ガブといっしょにアメリカに言ったんじゃなかったっけ?」
すると女は少し黙って私を見てから、表情を動かさずにこう言った。「ガブ 死んじゃった」

ガブが死んだのは1ヶ月も前のことだという。

ガブことガブ・ロウは私の中学以来の悪友で、アメリカ軍属の父親を持つハーフだ。何十年ぶりかに再会したのはわずか半年前のことだった。その後仕事に行き詰まって父親の祖国であるアメリカに行くと、恋人とともに私に別れを告げに来たのが5月。
私はてっきり二人してアメリカに渡ったものだと思っていた。

彼はアメリカへ発つ三日前に体調を崩し、そのまま息を引き取ったのだという。
「もともと体も悪かったんだよね」と女は言った。「なんか忘れているような気がしてたんだけどね。松ちゃんに連絡できなくてさ。ゴメンよ」

いいさ、と私は言った。「俺だって何十年も会ってなかったんだ」

去っていく彼女のアメ車の音が山にすいこまれていく

用件だけ伝えると、彼女は気が済んだかのように立ち上がり、車に乗り込んだ。
アリガトな、と私が言うと、彼女は「よかったら街に戻っておいでよ!待ってるヨ!」と言い残して去っていった。
彼女のアメ車の音が山にすいこまれるといっせいに蝉が鳴きはじめた。

何を今さら・・・

あの街に帰ってもガブはいない。
悲しいのではなく、ただ寂しい。それは親が死んでも感じなかった寂しさだった。

私はSRに跨るとあてもなく走り出した。言いようのない寂しさを、後方に投げ捨てたくて、私は速度をあげた。

しかし、気分は収まらない。バイクで走りまわってみても、つまらないものはつまらない。寂しさが晴れるはずもなかった。

それでも私にはバイクを走らせることしかできなかった。それが私なりの、自分らしい寂しがりかたなのだった。

あの街に帰ってもガブはいない。なにを今さら・・・、と私は思った。

ガブは、ガブはアメリカにいっちまったのよ・・・ただ、それだけのことさ。

悪友との予期せぬ、突然の別れを迎えた松ちゃん

あなたも、大事な人との別れを経験したことがありますか?

(続く)