長年勤めてきたテレビ局を辞めて、自由な生活を求めて、ほぼ廃墟化したカフェを借りて住み着いた松ちゃん。なぜか今日は上機嫌でサーフボード削りに精を出している。
松ちゃんもやっぱり男なのね♡と思わず肘でつつきたくなるその理由とは??
Mr.Bike BGで大好評連載中の東本昌平先生作『雨はこれから』第20話「くらげの約束」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集 by 楠雅彦@ロレンス編集部

オンナにいいところを見せようと考えた?松ちゃん、波に立つ!

その日私は、馴染みの喫茶店のマスターに頼まれて、サーフショップを営む西山夫妻にコーヒー豆を届けに来ていた。

私を迎えたのは、食欲をそそるいいにおいと、奥方のクミちゃん。彼女はタンクトップにデニム姿で、胸元をいつもより広めに見せていた。
そのせいでもないが、「松ちゃん、食べていくでしょ」という彼女の誘いに、私はにべもなく乗っていた。

サーフショップを経営するクミちゃん。
いつもより艶かしさを感じた私は、まだ若い、ということか。

パスタとハンバーグに舌鼓を打っていると、彼女は「松ちゃんもたまには入ってきなヨ!」と言った。サーフィンをやってこい、ということだ。
えっ俺!?と聞き返した私に、クミちゃんは「どれ(道具)使ってもいいから。やってたんでしょ!?」と言った。

挑発するクミちゃん

やってたうちに入んない、丘サーファーだとつぶやきながら、私は彼女の挑発的な笑みに反射的に武者震いを感じていた。わたしにいいところを見せてみなさいよ、とオンナに挑発されて奮い立たないなら男じゃない。

私は彼女の勧めに応じて、借りたウェットスーツに着替えると適当なボードを抱えて海に入った。

波に乗ったつもりが流されて・・・・九死に一生を得る松ちゃん

海に入ったのは何年ぶりだろう。
しかし、海水に浸かると体が何かを思い出す。そう、それは解放的な浮遊感だ。

しかし、バイクとも異なる自由な感覚をろくに味わうこともできず、私はすぐに力尽きてしまった。波に漂い浮いているだけで精一杯。50肩でもあるまいが、ちょっとパドリングしたら腕が上がらなくなってしまったのだ。

ぼーっと浮かんでいるのは気持ちいい。しかし、どんどん沖に流されてしまい、それどころじゃあない。私は必死につりそうな足をバタバタさせながら浜辺に戻ろうと奮闘したが、海岸線は見えなくなり、これはいよいよやばいなと私は焦り始めた。

ああ、コーヒーが飲みたい。私はうっかり彼女の言葉に乗って海に入ったことを後悔しはじめていた。そのとき、波の向こうからクミちゃんのダンナの倉田の頭が見えた。マリンジェットで助けに来てくれたのだ。

クミちゃんと倉田が姉弟だって?え?弟なの?

シャワーを浴び、一息ついた私に、倉田がBBQを振舞ってくれた。
沖に流される恐怖の記憶はまだ残っていたが、バイク乗りにとってはヤバいシーンは慣れっこだ。ホッとはしていたものの、もう感覚は日常のそれだ。
私はクミちゃんに「ダンナのおかげで助かったよ」と礼を言った。すると、彼女は破顔一笑して「やあねェ松ちゃん、私は独身よォ!!」と言った。「だって倉田がいるじゃん!」と私。

すると彼女は「弟よ!」と笑った。

その言葉に、私は年甲斐もなく胸の鼓動が大きく弾けるのを感じた。彼女たちに聞こえないかどうか心配になったくらいだ。

私の動揺を知ってか知らずか、クミちゃんは「あたしさぁ」と謎めいた微笑を浮かべながら「バイクの免許取ろうかと思ってェ!松ちゃんどう思う!?」と言った。
彼女の一人称が”私”から”あたし”に変わったその意味を考えすぎて詰まる私に、彼女の後ろでトングを握る倉田が意味深な視線を送ってきた。

二人が姉弟ときいて、私は明らかに喜んでいた。まるで少年のように舞い上がってしまった自分にオドロいている。

家に戻った私は、気分転換にサーフボードでも削ってみようと思い立ち、早速作業を開始した。
次はバイクと同じように波を乗りこなしてみせる。そうさ、バイクと同じように。
(第21話に続く)

サーフボードを削り出した松ちゃん・・・・

うまく波乗りできなかったことを言い訳にしてるみたいだけど、ほんとは??