ふとテレビを観ていたら、絵本を朗読するだけの番組を見つけました。子供の気分に戻って黙ってそのお話を聞いていると、実に爽やかな気持ちになりました。
そのときのお話は「パパのカノジョは」という絵本でした。ぼくは早速その絵本をamazonで見つけ(中古しかありませんでしたが)買ってしまいました。
「パパのカノジョは」は、離婚した父子家庭で育つ女の子と、パパの新しい恋人との心の交流を描きます。女の子にとって、パパのカノジョはなんとなく胡散臭くてかっこ悪くて、へんなやつなのですが、自分の世界を持っていて、そしてその世界を押し付けもしない、女の子との距離感が絶妙なので、女の子はどんどんカノジョに惹かれていきます。
「世界が愛した絵本」(テレビ朝日)。とても良い番組です。

繊細な子供の目線でみた大人の世界

「パパのカノジョは」
出版社: 岩崎書店 (2002/1/1)
言語: 日本語
ISBN-10: 426580103X
ISBN-13: 978-4265801039
発売日: 2002/1/1

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冒頭で紹介したように、この絵本は、離婚してパパに引き取られることになった「あたし」(女の子)の目線で描かれています。「あたし」は大人の事情を理解していますが、そこは子供です、パパにカノジョができれば、冷ややかな態度をとるし、やっぱり敵視しちゃうわけです。
でも、このカノジョ、実に変わってる。野菜しか食べないしお菓子を焼いてもくれない。およそ「あたし」が想像する可愛いオンナのやりそうなことはまったくせず、楽器を吹いたりよくわからない詩を読んでいたりするので、「あたし」はカノジョをかっこ悪いと思うし、どうにもへんなやつ、と思うのです。
大人から見れば、カノジョは芸術肌でベジタリアン。まあ、変わってるかもしれないけどクールに見えると思うのですが、子供の目線なんてそんなもんです。

だけどこのカノジョ、時間がたつほどに「あたし」にとって大事な存在になっていきます。恋人の子供ということを意識して、むやみに距離を詰めてこようとしたり、おべっかを使おうとしたり、手なずけようとしたりするようなことはしません。
かといって何かと大人ぶって説教したりしないし、自分の趣味や考えを押し付けたりもしないのです。

いちいち口を挟まず、「あたし」の話を最後まで聞いてくれるし絶対味方してくれる。「あたし」がつらいときには”泣いてもいいんだよ”と優しく声をかけてくれます。そして「あたし」をいつだって”カッコいい!”と褒めてくれるのです。

カノジョは「あたし」との距離感が絶妙で、まるで春の風のように優しく柔らかい。それが「あたし」にとって、実に心地よく、次第にかけがえのない特別な存在へとカノジョを変えていくのです。

相手にも大切な世界があるということを知っているカノジョ

人間関係に悩む人は多いと思いますが、この絵本は、日々の辛い気分を和らげるヒントもしくは一服の清涼剤になると思います。

ぼくたちが忘れがちなのは、自分にとって、とっても大切な何かがあるように、他の人たちにも大切なものがあるということを、つい考えないで行動してしまうってことだと思うんです。

「パパのカノジョは」のカノジョは、自分の世界とスタイルを持っています。それが気に入ってパパは好きになってしまうのだと思いますが、同時に「あたし」にとってはそれは”へん”に感じることなのです。でも、カノジョは「あたし」に対して自分の世界を押し付けたり、理解してもらおうとしようとはしない。自分の世界に共感してくれる人を嬉しくは思うけど、そうでない人がいるのも当然と思う。その余裕が「あたし」の心を開くきっかけになるのです。

また、カノジョは「あたし」にも自分の世界があることを知っています。パパにも自分の世界があって、それが例えば別れた妻との子供である「あたし」だったりするわけで、その事情も相手にとって大切な世界であると理解しているから受け入れることができます。当然女の子側にも離婚によって受けた目に見えない心の傷があるわけですが、それを無理に癒そうともしないし、触れたりしない。
そうした傷も含めて「あたし」の世界であるわけで、カノジョはそれらをすべてそのまま大切なものとしてリスペクトするのです。

このスタンス、距離感。カノジョの魅力はそこにあると思います。

いつまでも続けていただきたい良い番組「世界が愛した絵本」(テレビ朝日)

ぼくはあまりテレビを観ませんが、たまにこうした良い番組に出会うこともあるので、油断できません。

いつまでもこうして爽やかな風を心に吹かせてくれる良い作品を紹介し続けてください、テレビ朝日さん。