オートバイ2017年6月号別冊付録『RIDE』The Choo Choo Girl (©東本昌平先生・モーターマガジン社)より
鉄道マニアの男とバイク乗りの女
俺は徳野。システムエンジニアだ。
趣味は総合(格闘技)と鉄道での旅。今年のゴールデンウィークは東京から北海道、そして九州を旅する予定だ。
そんな話をジム仲間の大河内に話したら「私もいく」と言う。ただし、バイクで。
大河内は若い女だ。見た目もかなりいい。
それもそのはずで職業はファッションモデルをやってるそうだ。
なんだってこんなジムに来てオッさんと寝技の練習しようって気になるのかようわからん。まして、華奢なカラダに似合わない、ゴツいバイクであちこち出かけるわで、俺にはこいつの気持ちがさっぱりわからない。
追いかけてサッポロ。
用意周到な俺は、全行程の列車の切符を抑え、予定通りの旅に出た。最初の目的地は札幌。着いたら市電を完全制覇するつもりだ。楽しみしかないな。
ビールを飲みながら景色を楽しめるのが鉄道のいいところ。なんでわざわざ東京からバイクで走るなんて、疲れるだけだと思うんだがな。
電車はほぼ時間通りに着く。他の国はよう知らんけど、日本の鉄道は優秀だ。予め立てた計画通りに行動できるので、ほんとストレスがない。
順調にスケジュールをこなしていく俺だったが、札幌でササラ電車を見学しているところに、大河内がやってきた。
おお、マジでバイクで来てるよ。ヘルメット持ってやがら・・・。
「温泉いかないのか?」と大河内。
バーカ、と俺は答えた。「これから新千歳空港発スカイマーク774で福岡だ」
さすがの鉄道ファンの俺でも札幌から九州までは飛行機を使う。で、福岡から熊本にいくんだ、と俺は言った。
すると彼女は「アタシャ温泉」と笑う。「登別カルルスだ」
お前、いまから温泉入りに行って、そのあとバイクで札幌から福岡まで来る気かよ。俺はちょっと呆れて言った。「バイクでどのくらいかかると思ってんの?」
すると大河内はヘルメットをかぶりながら答えた。
「25時間」
ブル●ンちえみかよ。
特別なレストラン「火星」で旅を締めくくる
「よっ。ホントに来たんか」博多に着いて夕飯を頼んだ俺は、店内に座っている大河内を見つけて声をかけた。「明日は火星で朝食や」
火星とは、熊本の阿蘇山のカルデラのど真ん中にある阿蘇駅(JR豊肥本線)のプラットフォームにある、ちょっと特別なレストランのことだ。週に2回、朝早く阿蘇駅に停車するクルーズトレイン「ななつ星in九州」の乗客が、旅の締めくくりに朝食を食べる。それが決まりだ。
俺たちの”鉄道”と”バイク”の旅の終着駅が阿蘇駅。最後の目的地がこのレストラン火星というわけだ。俺たちは時間通りに落ち合って、うまい朝飯を堪能した。
これで今年の旅も終わり。あとは東京に戻るだけだ。
二日後、東京にて
二日後、俺たちは何事もなかったようにジムで汗を流していた。
疲れ?ないない。俺は大好きな鉄道を堪能しただけだし。
でも大河内は違う。日本列島をバイクで縦断してるんだからな(というか、まず札幌まで行って、そのあと九州まで降りていくなんて、一体全体どういう趣味だよ、と俺は思った)。
彼女のバイク、YAMAHAのVmaxのタイヤはほとんど溝がなかった。
「見てェタイヤツルツル」と大河内は笑った。あぶねえし、なんでそこまで走るかな。
「わかんねえなあ」と俺は言った。が、実はわからなくもない。オートバイに乗りたいこいつと鉄道に乗りたい俺。好きなものは違うが、同じように旅を満喫したのだ。俺は一生バイクには乗らないだろうが、大河内の気持ちはなんとなくわかるようになった。好きなものは好き。それでいいじゃないか。
俺は走り去っていく大河内の背中を見つめてそう思った。好きなものは好きなのさ。