エミさんに出会ったのは受験間近の、やたら寒い日だった。
赤い古いバイク、ヨンフォア(HONDA CB 400FOUR)を軽やかに走らせて、受験生の息苦しい時間を、一瞬で華やかに彩ってくれた彼女に僕は恋をした。そうだ、あのとき僕は初めて大人の女の人に恋をしたのだ。
一人の少年に不意に訪れた恋の芽生えを爽やかに描く、あの頃を思い出す青春恋物語ー。
『オートバイ 2017年 3月号』特別付録『RIDE』掲載 東本昌平先生作「The Stormy Weather」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社

風が強く雪が降り始めたそのとき、彼女は僕の横を通り過ぎていった。赤いヨンフォアで。

強い風とちらつく雪の中、僕は学校からの帰り道を一人歩いていた。僕は受験生。毎日が勉強と、親や親戚から寄せられる期待感という重圧に耐えながら生きている。
海岸線を冷たい風に吹きまくられながら歩いていた僕の後ろから、一台のオートバイが近寄ってきた。ヘッドホンで音楽を聴いていた僕だが、オートバイの音は大きく、そしてとても印象的で、僕はすぐにそのオートバイの接近に気づいた。

かわりばえのない受験生の毎日は、まさに今日の曇天が象徴しているようだ。

そのとき、後ろから近づいてきたオートバイ

駆け抜けていったヨンフォアが、瞬間に少年の世界の色彩を変えた

僕の横をサァっと駆け抜けたオートバイは、赤いヨンフォアだった。ライダーはヘルメットをつけていたので顔まではわからないが、バイクと合わせたような赤い革ジャンに包まれたその身体はしなやかで、多分女性なのだろう、と僕は思った。

ヨンフォアは少し強くなり始めた雪をものともせず、軽やかにコーナーを抜け、あっという間に僕の視界から消えた。

ヨンフォアのライダーは若く美しい女性だった

僕の家は小さな食堂を営んでいる。
たどり着いてみると、軒下にさっきのヨンフォアが停まっている。中に入ると果たしてヨンフォアの持ち主がなべ焼きうどんを食べていた。

やはり女性だ。それも若い。

「ただいまァ」と戸を開けて入ってきた僕に、彼女は屈託無い笑顔を向けて「おかえりー」と言った。まるで前から知っている弟か、親戚の子を迎えるかのように。

雪は降り続け、彼女はウチに泊まることになった

思いの外彼女が美しかったことに、僕はドギマギした。そんな僕の動揺を見透かしたように、彼女は他意のない笑顔を向ける。やがてなべ焼きうどんを平らげた彼女は店を出ようとしたが、外の雪は激しさを増しており、とてもオートバイを走らせられそうにない。

僕の母は、客商売ならではの気安さで、彼女に今夜はウチに泊まるように勧め、彼女、エミさんもまたその厚意を屈託無く受け入れた。僕の動揺は増し、喜色を顔に出すまいと努めたものの、彼女には筒抜けだったろう。おそらくは母にもバレたかもしれなかった。

スマホに残る僕だけの宝物

翌朝、雪は収まり、打って変わったような晴天に恵まれた。

エミさんは既に出発の支度を済ませている。
僕は可憐な姿で店の軒先に佇むヨンフォアと、それに負けないくらい美しいエミさんと写真を撮らせてもらった。年下のガキの思い出作りに、彼女は艶っぽい笑顔で応じてくれた。

彼女はヨンフォアの暖機をすませると、長い脚をひらめかせるようにマシンにまたがり、ヘルメットをかぶった。

きっと僕は別れが辛くて情けない顔をしていたのだろう。エミさんは顔のシールドを上げると、僕の頰にキスしてくれた。そのキスはわりと唇の端に近くて、僕は瞬間で上気したが、エミさんはおかまいなしだ、そして「また来るからさー」と笑う。僕は恥ずかしさと嬉しさで、はい!と我ながら子供のように勇んで返事をした。


エミさんは左を軽く上げて別れを告げると、印象的なサウンドを奏でながら、遠ざかっていった。また来る、と彼女は言った。でも、再び彼女と会えるかどうかはわからない。僕にできることは、胸の内で彼女を想うことと、スマホに捉えた彼女の艶かしい笑みを繰り返し見るだけだ。

僕はスマホの画面いっぱいに彼女一人の姿を広げると、それを切り取って保存した。
きっとまた会える。そう信じよう。

そのときまで、何回この写真を見てしまうだろうか。