10年ぶりに偶然出会った、別れた恋人同士。かつて二人はオートバイを介して絆を深めていたが、男は既にオートバイを降りていたー。大人の男と女が描く、古くて新しいラブストーリー。
『オートバイ 2017年 2月号』特別付録『RIDE』掲載「On The Way」より
©東本昌平先生・モーターマガジン社 / デジタル編集:楠雅彦@ロレンス編集部

彼女の視点1 :別れたオトコに会った。10年ぶりだった・・・。

今の職場で出会った男と結婚した私は、3年前に別れて、いまは華のバツイチだ。アラフォーの独り身は寂しいように思われがちだが、仕事も充実しているし、気楽でいい。
今日も行きつけのスーパーで夕食の買い物をしながら、週末の予定をあれこれ算段しているところだったのだが、そんな時に事件は起きた。

15年前に恋した男とばったり再会したのだ。

彼は2回りも年上の、職場の上司だった。
彼には家庭があったが、若かった私にはそんなことは関係がなかった。優しくて大人の男にひたすら溺れた。彼が好きなオートバイの免許も取り、二人で出かけては、カラダを貪るように愛し合った。

しかし、数年続いた二人の関係はやがて職場に知られることになり、私が身を引く形で、退職し、それで二人の関係は終わったのだ・・。

久しぶりに会った彼は、初老の男の疲れが肩に滲み出ていたが、あの頃と変わらない優しい笑みを浮かべて私の前に立っていた。
聞けば奥方とは死別し、お子様も既に独り立ちして、今は独り身だという。

私は思わず彼を飲みに誘ってしまったが、気後れすることもなかった。10年ぶりとはいえ、深く愛し合った男と女には、時間を埋める気安さがある。特に女のほうには。

彼は少し気まずげな表情を浮かべたものの、私の誘いを断ることなく、少し歩いた場所にある居酒屋に入った。酒の力を借りれば、二人の間にできた溝も埋まるというものだ。
10年も離れていれば、お互いに知らないことも増えるし、話題には事欠かない。それに、私は彼との出会いをきっかけに乗り始めたオートバイがある。きっと彼もまだ乗っているに違いないからだ。

だが、意外にも、彼は何年も前にオートバイに乗るのをヤメたという。私は強い衝撃を受けたが、それを必死に顔に出すまいとして、堪えた。それは成功したと思う。

彼の視点1 :別れたオンナに会った。10年ぶりだった・・・。

そのとき、私は不意に強く胸を締め付けるような想いにとらわれた。
仕事帰りに、住んでいるマンションの一階に入っているスーパーマーケットで夕飯の買い物をしていた私は、見覚えのある、いや、決して忘れたことのない女の横顔に目を止めた。それは、10年前に別れた年の離れた恋人だった。

恋人、というのは当たらないかもしれない。そのとき私には妻も子供もいた。つまり不倫相手だったからだ。
私にとって彼女は、遊びを超えた、真剣に愛した人だったのだが、我々の関係が周囲に知られてしまったことで、彼女は私の前から姿を消したのだ。私には一言もなく・・・。

私の胸の内を知ってか知らずか、彼女は「飲みに行こう」と誘ってきた。
もちろん願ったり叶ったりだったが、私は喜色を顔に出すまいと平静を装った。

彼女は結婚に失敗して、今は一人暮らしだという。私は少しずつ記憶の底から蘇ってくる彼女の肌の感触や、魅惑的な喘ぎ声に惑わされながらも、今の二人にちょうど良い距離感を探すことに懸命に努めていた。あの頃とは違う、私はそう自分に言い聞かせながら酒をすすり、彼女の話に耳を傾けた。

そんな浮ついた私を、平静に戻したのは、彼女の一言だった。
「まだバイク乗っているんでしょ?」

もうオートバイには乗っていないことを告げると、彼女の顔が曇った。
というより、戸惑いの表情を見せた。彼女はさりげなくそれを隠したが、私の浮ついた気分に冷水を浴びせるに十分だった。私は10年前とは違うのだ。そう彼女の表情が現実を教えた。

降りた私に比べて、彼女はいまだにオートバイに乗っているという。
記憶の中の彼女が乗っているバイクとは違う名前に、私はさらに現実を思い知らされた。二人は既にすれ違ってしまっている。そして10年は決して短い時間ではないのだ。

それ以降、我々は毎晩のように会っては、飲み歩いた。
しかし、私は彼女に男と女の関係を迫ることはしなかった。いや、できなかった、というほうが正しいかもしれない。

そんな日々が続いた頃。

私はふとバイクショップを見つけ、ふらりと立ち寄った。
彼女が乗っているのはカワサキのZRXだと聞いていたので、それがどんなバイクなのかを見てみようと思ったのだ。

ショップの店主に導かれ、私は1台のライムグリーンのオートバイの前に案内された。それはいわゆるネイキッドの大型バイクだった。

話を聞くと、ZRXは生産中止となり、目の前のバイクはそのファイナルエディションの1台なのだという。かつて私が乗っていたのはカワサキのニンジャ、GPZ900Rだった。彼女は黒いゼファーだった(彼女いわく、黒に見えるけれど実は紺だったそうだが)。
二台とも既に生産中止、いわゆる絶版車だ。

私はふと考えた。私も男として、人間としてもはやファイナルエディションなのだろうか?と。

私がもうバイクには乗っていないことを知った彼女の戸惑いの表情が胸に刺さった・・・

娘ほど年齢の違う彼女に、確かに私は恋をしていた。
そしてその気持ちはいま、また再始動している。ここでこの恋を諦めたら、私は絶版車のようになっていくのか?それともまだファイナルエディションで、ここでアクセルを吹かしたら、昔のように走り出せるのだろうか。

私の胸の奥で、何かが弾けるように音を立てた。

かつての恋人は変わってしまったのか?