孤児院で共に育った親友の裏切りによって、内戦が泥沼化する中東の小国アスランの傭兵部隊に送り込まれてしまった日本人パイロットの風間真(シン・カザマ)。150万ドルの違約金を払うか、3年間の契約期間を生き延びるほか日本に生きて戻る方法はない・・。エリア88と呼ばれる空軍基地で戦闘機乗りとして日々血みどろの戦いを余儀なくされたシンの、命がけの日々を描いた 戦場コミックの大傑作。

新谷かおる先生の作品はこれまでなんども紹介させていただいていますが、やはり先生の豊富なキャリアの中で、この作品が最も知られているのではないでしょうか。男たち、そして女たちが織り成す複雑な人間関係をベースにしつつも、過酷な現実に翻弄されながらもそれに必死に抗う登場人物たちの闘いをクールに、時にホットに描く新谷先生の画力とストーリーテラーぶり。それらがこれでもかっというばかりに濃密に詰め込まれているのがこの『エリア88』です。

新谷先生は松本零士先生と並び、戦闘機を中心としたメカを描かせたら日本一の漫画家ではないでしょうか?緻密に描いているわけではなく(いい意味で)細かいところは手を抜いて、精密さより迫力を出すことを優先しているかのような画法は、楠みちはる先生の車・バイクの描き方にも通ずるところがあるかと思います。

主人公シンは、一刻も早く”人殺しの連鎖”から抜け出そうと必死ですが、徐々に戦闘の日々の極限の緊張感の中でしか生きがいを感じられなくなります。これはシンだけではなく、他の登場人物も多かれ少なかれ、同じような傾向がみられます。また、命がけの毎日の中で、単に友情と呼ぶには安っぽいとも感じてしまうほどの”仲間たちとの連帯感”に、シンたちは傭兵という金銭的な契約を超えたコミットと、エリア88に対して抱き始めていくのです。

戦争や、人間同士の争い(特に舞台となるアスランでは血を分けた肉親同士の闘い)の愚かさを嘆きながら、それを忌避するだけでなく、自ら手を汚してでもそれを終わらせようとする男たちの切ないまでの強い意志、そしてそんな男たちに翻弄されながらも愛をもって男たちとは違う形の闘いに挑む女性たち。

『エリア88』は古い作品ではありますが、そこで描かれている世界は、現代においても引き続き地球上のどこかで存在している現実の環境でもあります。不安定な時代であるからこそ、いまこの作品を手にとって、シンたちの胸が苦しくなる闘いの帰結を見届けてはいかがでしょうか。

親友の裏切りで傭兵部隊に放り込まれてしまった天才パイロット 風間真 ©新谷かおる先生