一流デパートに入社した東大卒・容姿端麗の青年 杉野ディーノ。
しかし、彼の本当の名前は菱井ディーノ。実は、彼は15年前に部下たちの造反にあって失脚し、失意のうちに死んだ丸菱デパート7代目社長 菱井丈一郎の一人息子なのです。
父を絶望に追いやり、自分たちの生活を破壊した丸菱デパートの重役たちへの復讐を誓うディーノの、昏い狂熱を描く問題作!

”あの”車と同じ名を持つ主人公

主人公ディーノは、みなさんもすぐおわかりのように、あの名車ディーノから名付けられています。かのエンツォ・フェラーリの実子アルフレードが設計したとされる、V6エンジンを積むコンパクトなフェラーリ。この車はのちにアルフレードの愛称であったディーノと名付けられ、現代に至るまでその価値を認められる伝説的な名車になります。

ディーノがエンツォ・フェラーリの父から子への想いを込めた一台であったように、主人公菱井ディーノも、失意の元に死を遂げた父から、密かに彼専用の一軒家とともに、そのガレージに大切に保管されていた一台のディーノ 206GTを受け継ぐのです。

そう、246ではなく、206であるところが作者 柳沢きみお先生のこだわり、と言えます。(後述)

ディーノ206GTを受け継ぎ、父の無念を晴らすための復讐を誓う青年

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ディーノ青年は、ときとして非合法な手段に訴えつつ、丸菱デパートの重役たちを一人一人血祭りに上げていきます。とはいえ、大藪春彦小説の主人公のように復讐の鬼と化してはいつつも、どこか心優しく、弱々しいため、憎い相手を追いつめながら自分も消耗していくのです。このあたりが、柳沢先生ならではの、人間描写、なのです。
さらに、絶望のあまり、酒に溺れていく父親を捨てて失踪した母親への愛憎のため、彼は女性を憎み、心底愛することができないうえに、かなりマザコン気味。すぐれた容姿をもつゆえに、女性には持てるのですが、こうした女性不信がときとして彼を追い詰めたりもします。

ディーノ206への強い愛情と

さて、本作のストーリーは、典型的な復讐劇ですが、主人公が心の支えとして何よりも愛情を注ぐ対象こそが、ディーノ206GT。

1968-1969年でわずか150台ほどしか生産されなかったという幻の名車。アルミボディにレーシングエンジンなみの繊細な心臓を与えられたディーノ206の描写は、車そのものの描き方は上手とは言えないものの、実に細やかで、柳沢先生がこの車にいかに惚れ込んでいたかがわかります。

©柳沢きみお先生

©柳沢きみお先生

正直古さを感じざるをえない作品ではありますが、スタンダールの「赤と黒」を彷彿させるような美青年の暗い青春と、その中でこそ煌めく生の輝きを、ぜひ堪能していただければと思います。

また、ディーノ206GTの素晴らしさ、官能的なサウンドや走りをなんとかして再現しようと努力している柳沢先生の愛情も、ぜひ感じ取って頂きたいと思います。