それは春先の休日の昼下がりだった。
休日のツーリング先で、高校時代の先輩、神崎さんに出会った主人公。
彼の愛車、カワサキ Z400FX(フェックス)を譲ってくれたのが、ほかならぬ神崎さん。
とはいえ、実は彼はこの神崎センパイが苦手だった。どこがというわけでもないが、昔からなんとなくそりが合わない気がして敬遠してきたのだ。
しかし、神崎さんは後日彼に連絡してきて、飲みに誘ってきた。嫌ではあるが、断る理由もない主人公は誘いに乗る。すると、神崎さんは意外な申し出をしてくる。
「お前のフェックス、譲ってくれないか?」
青春の象徴”フェックス”
その時は断ったものの、FXと過ごしてきた自分自身の青春を振り返るうち、彼はなぜか神崎さんの申し出を受け入れる気になる。
最新のバイクたちに目もくれず、十代からずっと共にいたFX。いくぶんくたびれてはいるものの、一緒に走り込んできたFXは、彼の青春そのものだ。なぜ、彼がそのFXを先輩に返してもいいという気分になったのかはわからない。
FXは神崎さんの元へと還っていくのか。それともーー?
理由なき誘惑
本作には明確なストーリーはない。
偶然の再会にバイク熱、いやFX熱が再燃した大人と、青春時代そのままにFXと共にあった大人の、一つのエピソードである。
しかし、オートバイに乗りたくなることに理由はいらないし、乗り続けてきた男にも明確な理由はない。
ただそこにオートバイがある。だから乗りたくなる、それだけだ。
そして、フェックスは、どのオートバイにも引けを取らない、我々を思わず跨がりたいと心の底から思わせる、魔力を持っているのである。