[不定期連載] ロレンスが考える、リスクを恐れず、世間の風当たりにもひるまず、信念をもって前に進む男たち。同時に、ストイックなだけでなく、人生を楽しみ 快活に笑い、欲望や野心を隠さないが爽やかさを失わないイイ男たち。彼らをロレンスMENと呼び、不定期に紹介していく。

ショーン・パーカー(Sean Parker、1979年12月3日 - )は、アメリカ合衆国の実業家であり、起業家。ナップスター、Plaxo、Causesを共同設立し、Facebookの初代CEOを務めた。(Wikipedia)

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映画「ソーシャルネットワーク」で脚光を浴びたシリコンバレーの闇の騎士


映画「ソーシャルネットワーク」で、主人公 Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグをシリコンバレーへと誘う導師の役回り。それがショーン・パーカーだった。彼はまるでスターウォーズのダース・シディアスのように、無邪気なプログラマー マークを巧みに稀代の起業家へと変貌させていく。
多くの天才や狂言師、変人たちを輩出するシリコンバレーにして、ショーン・パーカーほど、毀誉褒貶が激しい人物も珍しい。早熟の天才、 喘息持ちで、麻薬や女に溺れるパーティー野郎。常識破りで遵法精神にもかける問題児。
彼を嫌う人間はさまざまな言葉で彼を表現する。ショーン・パーカーの才能は認めざるを得ないので、そこは褒めるが、それと同じ強さで彼の素行の悪さを数え立てる。実際、ドラッグについてはいいがかりであったとしても、そもそも女癖の悪さや、夜な夜なナイトクラブに繰り出しては大騒ぎに興じるという点では、ほぼ事実なので、世評に大げさな悪評が入り込むことを防ぎきれなかったということはある。

型破りな半生

ショーンはまだ30代ながら、多くの伝説を打ち立てている。
彼の半生をサマライズすると、

第1期:Napster時代
第2期:Plaxo時代
第3期:Facebook時代
第4期(現在):投資家時代

となるだろう。

まずNapster時代では、1999年、同じショーンの名を持つショーン・ファニングと共に、音楽共有サービスの提供ベンチャーNapsterを立ち上げた。自分の持っている楽曲を世界中の音楽ファンと共有できるこのサービスには、著作権に対する配慮が全くなく、結果的に当時はまだパワフルだった音楽業界の逆襲にあって敢なく倒産の憂き目に遭う。

Napsterがあって初めて、iTunesのその後の隆盛があった。ショーン・パーカーの先見性は確かだったのだが、そもそもNapsterという名称自体が”泥棒”的なニュアンスを持っていることから、故意に音楽の著作権を無視しているとみなされたのかもしれない。

第2期のPlaxoでは、新たに友人二人と、三人でアドレスブックの共有サービスPlaxoを立ち上げるが、彼の奔放なライフスタイルを嫌うVCとの確執が生まれ、ついには友人たちにも裏切られて、彼は一人追い出されてしまう。

「ソーシャルネットワーク」でもこのあたりのエピソードに触れられている。
第3期のFacebook時代では、冒頭で述べたようにマーク・ザッカーバーグをプログラマーからビジネスマンへと成長させるメンターとして活躍し、資金調達や人材確保に辣腕を振るった。彼は初代Facebook社長となるが、ここでも麻薬吸引の疑いをかけられ、VCから社を追い出されてしまう。
そして、現在に至るが、ショーンはFacebookを追い出されても大株主でいることは死守したおかげで、25億ドルとも言われる資産を手に入れることができた。そのお金を使い、優良ベンチャー(例えば音楽配信サービスのSpotifyなど)への投資や、自らもスタートアップを起こすなど、シリコンバレーで独自のポジションを占め続けている。

浮気性に見えて、実は興味関心の軸はぶれないショーン・パーカー

上述のように、彼は結果として複数のスタートアップの立ち上げに携わり、ことごとく志半ばで会社を去る、ということを繰り返してきた。
なので、ショーン・パーカーといえば、着眼点の確かさでは定評がありながら、最後まで仕事を完結できずに投げ出す人物、のように捉えられることが多い。
しかし、実際は違う。

自ら飽きて仕事を放棄したのではなく、創業した時の強い信念とコンセプトに殉じようとしたからこそショーン・パーカーは追い出されている。大人の論理で、環境に合わせて自らを変えようと進言する取締役会に対して、創業の思いを貫こうとするから軋轢が起きたのだ。それだけショーンが純粋だったと言える。

また、彼が創業に携わったNapster、Plaxo、Facebookは、すべて”なにか”を共有する、シェアするサービスである。インターネットに魅せられ、インターネットが大好きなことからハッカーとなり、起業家となった彼にとって、インターネットは、人々が知識だったりノウハウだったり、さまざまな情報をシェアすることで、互いを豊かにするためのプラットフォームなのである。
つまり、いろいろなことに手を出しているのではなく、あくまで何かをシェアする、という一点にこだわってきた。同じことをビジネス化しようと挑戦してきたのである。


その純粋さと強い信念が、金銭的に報われたことはショーン・パーカーの幸福であるが、いつかは再び彼自身が自らのスタートアップを創業し、世界にインターネットの真価を問う、サービスを作り上げてくれることを期待したい。