モーターサイクルと彼女を見た者は、抗いようのない力で魅入られていく。
・・・・大学生 飯沼孝(21)の場合。

大型バイクの美女

どこかで見たような。
それが俺の最初の感情だった。長い髪、長い脚、ふっくらとした唇。
そのどれもが、なぜか見覚えがある。というよりも、どこか懐かしさを感じるほど、俺は魅入られていたのかもしれない。

俺は、バイト帰りにたまに寄るカフェで、その女に出会った。数週間前のことだ。
俺よりいくつか年上かもしれない。どこか物憂げな表情をして、どこか遠くをみているような彼女に気づいた時、俺は恋に落ちていたのかもしれない。

彼女は大きなバイクに乗っていた。
俺はバイクの免許は持っていない。取ろうと思ったこともなかった。
しかし、彼女と知り合うきっかけとなると考え、近所の教習所のパンフレットをもらってきた俺は、これみよがしに小脇に抱えながらカフェに通った。

無理に乗らなくてもいいんじゃない?

彼女が俺に声をかけてきたのは、実に突然だった。
数日続けてパンフを開きながらカフェの出入口に近い席を陣取っていた俺は、眺めているうちに少しずつだが、本当にバイクの免許を取ってもいいんではないかと考えていた。そんな自分に「これぞミイラとりがミイラになるだな」と思って、思わず失笑していたら、背中越しに涼しげな声で、彼女が声をかけてきたのだ。「無理しなくていいんじゃない?」

下心を見透かされて

「なんだ、お前」俺は心の中を見透かされたような気がして、顔から火が出るような思いをしながら立ち上がった。彼女はヒールのせいもあるが、意外にも俺よりも背が高い。俺は若干怯みながらも彼女を睨みつけた。
すると、彼女は「本気なんだね」とほんの少し口角をあげて微笑んだ。
ならいいよ、がんばってね、と彼女は言った。
俺はなにがなんだかわからなくなり、完全にパニクっていた。「お前、彼氏いるのかよ」俺は思わずこの数週間何度も心の中で繰り返していた不安と疑問を口に出してしまった。
「どっちでもいいじゃない」と彼女は微笑んだ。「あなたと一緒に走れるときを楽しみに待っているわ」
なんだ?この女は俺が考えていることが分かるのか??俺はいよいよ狼狽して、思わず立ちすくんだ。

気がつくと、彼女の姿はなかった。
彼女のバイクも、見当たらなかった。
俺は本当に教習所に通い始めたが、あれ以来彼女の姿を見かけていない。
だが、俺は信じているのだ。俺が免許をとって、あいつと同じバイクを手に入れたら、必ず会えると。

この物語はフィクションです。登場する一切の人物・設定は架空のものです。

撮影協力:BADLAND
モデル:EREA