あのモーターサイクルと彼女を見た者は、抗いようのない力で魅入られていく。
・・・・女子高生 南田愛(17)の場合。

そのひとのことは、最初嫌いだった。

新しいコートが欲しくて始めたバイト先のカフェに、気がつくといつもいる綺麗なひと。
156センチしかないあたしと違って、背が高いし、お母さんにばっさり切られてショートになったあたしには気が狂いそうなくらい羨ましいロングヘアーをふわふわさせてる。

なんかムカつく。

そのひとがオートバイに乗ることを知ったのは、そのひとの席に置いたヘルメットを見たときだった。黒く、光らないマットな感じのヘルメット。あたしならもっと、派手なペイントをする。遠く彼見ても、夜見ても、あたしだと分かるような、ピカピカ、キラキラなやつ。
あのひとは綺麗で、ヘルメットをかぶってもイケてるから、そんな地味なのでもいいんだ。あたしはますますあのひとが嫌いになっていた。

バイクが何よ?

あたしは女子校に通っている。つまり、メンズと知り合う機会はあまりない。なんだけど、親友の美奈が突然あたしのバイト先に、ちょっとイケてる感じの男子を連れてきて「あんたに紹介するよ」という。そしたら、その彼が、あたしでなくて、あのひとと、あのひとのオートバイに夢中になっちゃったんだ。 やっぱりムカつく。

「いいよな。あんな綺麗な子がでかいバイク乗っちゃてさ」と彼が興奮気味に言う。「クールだよな。お前にゃわかんねえだろうけどさ」とその男の子はあたしのことなんか目もくれずにそう言ったのだ。
悔しくて、泣いた。
哀しくて泣いたんじゃない。彼には会ったばかりだし、イケメンだからって好きになるわけじゃない。だけど、あたしは、声に出して泣いた。泣き止んだ後も、数日、心の中でずっと泣いてた。平然な顔でレジに立っていたけど、ずっと泣いていたのだ。

「わかってるよ」

オーダーを取りにいったあたしに、あのひとが突然言った。「ただ悔しかったんだよね」
あたしは当たり前のように驚いた。でも、あたしの口を出た言葉はそんな驚きと離れていた。「うん。悔しかった」

そして魅入られたあたしがいる

そのあとあのひとは、あたしのバイトが終わるまで、あたしを待っていた。
そしてあたしをオートバイにまたがらせて、エンジンをかけたのだ。

すっごい振動。すっごい音。

低身長のあたしでも両足がぺったりつく!でっかくて低くて長い、おっきなオートバイ。
これに乗ったらさ、とあのひとが囁いた。「あいつも驚いて、あなたに一目置くよ」

そうかもしれない。あたしは思った。
と、いうより、あたしのカラダを貫くように響く音と振動。あたしはすでにそのとりこになっていたのだ。「かわいい」とあのひとはあたしの耳元で囁いた。
それ以降のことは、どこかあやふやで、はっきりと覚えていない。覚えているのは、その日オートバイの免許を取ろうと決心したことだけだ。

待ってるよ。

あの人が言ってくれた気がしてる。
そしていま、あたしはあのひとと、あのオートバイが大好きだ。
白くて長い脚と、オリーブゴールドのあのオートバイが。

この物語はフィクションです。登場する一切の人物・設定は架空のものです。

撮影協力:BADLAND
モデル:EREA