『週刊ヤングマガジン』(講談社) 1995年30号から2013年35号まで連載されました。単行本はヤンマガKCより全48巻。
言わずと知れた、走り屋のバイブル。
楠みちはる先生の『湾岸ミッドナイト』が超高速域(時速300キロとかね!)のバトルで、ハイパワーチューンドカーの戦いなら、『頭文字D』はコーナリング勝負のよりドライビングテクニック中心のお話です。
前者の舞台が首都高湾岸線ならば、後者はズバリ、峠です。
群馬の峠を走り回る公道レーサーたちが、関東全域の峠をテリトリーとする走り屋たちとのバトルを繰り広げ、完全制覇を目論む(この計画がプロジェクトD)、というお話なのです。
拓海、覚醒編
主人公藤原拓海は中学生から、父親である元・伝説の走り屋藤原文太に仕込まれた天才ドライバー。
天然ボケ的なキャラながら、負けん気は人一倍。ちょっと挑発されるとうっかり乗っちゃったりします。
実家はとうふ屋(藤原とうぶ店)。父親の代わりに毎朝、早朝に秋谷峠を走ることで、拓海は自然と尋常ならぬドライビングテクニックを身につけていきます。
しかし、彼自身はそれが父親が意図的に英才教育を施しているとは気づいていないのです。
そんなおり、ひょんなことから、彼はバイト先の友人たちが所属する走り屋チームの助っ人として、峠のバトルを引き受けることになります。そして、もちろん、あっさり勝つのです。
もう一人の主役はハチロク(トヨタ・トレノ)
この漫画の特徴は、クルマをエンジンの型式や車両型式番号?で呼んじゃう癖があることですw。
拓海はもともとクルマ好き、というわけではなかったので、周囲の話についていけないことが多いのですが、それは主に、走り屋特有のボキャブラリーを知らないためです。
AE86(エーイーハチロク)とは、1983年にトヨタ自動車が発売したカローラとスプリンターのスポーツモデル(スポーツクーペ)である4代目カローラレビン/スプリンタートレノの共通車両型式番号。
一口にハチロクと言っても、レビンとトレノが同じエンジンを積んでいるために、一瞬区別つかないのですが、たいていの場合、ハチロクといえばトレノを指すようです。まあ、それは本作の影響によるものかもしれませんが。
ともかくDOHC直列4気筒1.6リッターエンジンを搭載したトヨタ・スプリンタートレノを愛車として、藤原拓海は峠のバトルに挑むのです。
ハチロクは1983年デビューのクルマで、この漫画が始まった95年時点で相当古いクルマ、かつ1.6リッターのエンジンですから、相当に非力なクルマとして描かれています。
拓海はこのクルマを使って、ハイパワーで最新のクルマたちに連戦連勝しますが、それは上述の彼の生い立ちからくるドライビングテクと、峠の下り坂だけの勝負に徹するという設定によります。非力でも軽量なクルマが峠の下りでは有利だからです。だから実際、彼がもっとも苦戦したのは同じハチロクであったり、軽自動車のカプチーノだったりするのです。
ただ、そうはいってもノーマルのハチロクで常勝というのは、やはり現実味がないので、彼のハチロクは、父親の手によって移植されたレース用エンジン(もちろん公道用にデチューン済み)によって、戦闘力を大幅に向上させていきます。
関東全域の峠を制覇するという謎の計画「プロジェクトD」
やがて拓海は、下りのスペシャリスト、秋谷のハチロクとして名を馳せます。
とはいえ、もともと走り屋というわけではない拓海は、目的なくバトルをすることに疑問を持ってしまいます。
そんな拓海に、辛くも勝ったものの、彼に勝るとも劣らぬ天性の才能を持つ走り屋兄弟、高橋涼介・啓介から、密かな計画に参加することを持ちかけられて、心が揺れますが、目的を欲していたこともあり、考えた末に参加を決めます。
その計画とは、「プロジェクトD」。
関東全域の峠をテリトリーとする走り屋たちにバトルを仕掛けて、完全制覇する。関東の公道レーサーの頂点を目指す、というものでした。涼介をリーダーとするプロジェクトDは、弟の啓介と拓海を二大エースドライバーとして、関東の名だたる走り屋に挑戦していくのです。
目的を達成するプロジェクトD
拓海は下り坂、啓介は上り坂を受け持ち、栃木、埼玉、神奈川などの走り屋チームと激闘を繰り返します。GT-R、ランサー・エボリューション(ランエボ)などの4WD(四輪駆動)、ターボチャージャー、ABS(峠のバトルはブレーキング競争ですから、ABSはものすごく有用です)などを搭載した
最新マシンを次から次へと破っていきます。
走り屋の聖地といえば箱根ですが、本作でも最後のステージは箱根です。
最後の強敵は、なんと拓海と同じ純粋培養された天才ドライバー シンジ(乾信司)。拓海より若い天才児は、なんと拓海と同じハチロクで拓海に立ちふさがるのです。
拓海は最大の難敵を前に大苦戦しますが、経験の差を見せつけて、最後は愛車ハチロクをオーバーブローさせながらも辛勝するのです。
こうして涼介率いるプロジェクトDは、完全制覇を達成し、解散します。
拓海にも啓介にも、プロのレーシングチームからのオファーが舞い込み、二人は公道の”裏の世界”のヒーローから、表の檜舞台へと進んでいくのです。
『バリバリ伝説』と違うのは、F1のような最高峰のレースに挑戦するまでを描かず、あくまで公道での最強伝説で終わるところです。『湾岸ミッドナイト』や『あいつとララバイ』、『キリン』などに通じるところですが、しげの先生には是非F1での日本人制覇、という夢のシンデレラストーリーを描いてみて欲しかった、と思わないでもありません。とはいえ、本作は、やはり車好きにとってはたまらない青春物語であり、いつ自分の愛車に乗っても、自分をうっかり拓海や啓介、あるいは涼介に置き換えてしまう、愉快な妄想という自由をわれわれに残してくれているともいえるでしょう。
隠された イニシャルDの意味とは?
プロジェクトD。
この謎めいた計画の"D"とはなんでしょう??
それは名付け親である涼介の過去に関係がありました。
彼には、将来をともにしたいと願った最愛の女性がいました。彼女の名前は香織。
しかし、彼女は親が政略結婚的にきめた婚約者がおり、涼介への想いとの板挟みに思い悩み、自殺してしまうのです。
彼女は生前、医者になるという目的しか持たない涼介に対して、夢を持つことの大切さを繰り返していました。それが涼介に生まれ故郷である群馬から、レーシングドライバーを発掘するという夢を持たせることになるのです。
イニシャルDとは、DREAM(夢)でありDIAMOND(ダイアモンド)でありDRIVER(ドライバー)なのでしょう。
しげの先生の『バリバリ伝説』が多くのGPレーサーを生み出したように、この作品をみてレーサーを目指している人も多いかもしれません。
車離れが顕著な現代において、モータースポーツという夢のある世界に挑戦する若者が多く生まれることを、しげの先生も、いまでも願っていてくださると思います。
ロレンスは必ずしもレース参戦やサーキット利用を推奨することはありませんが、それでも文化としてのモーターサイクル、スポーツカーがより大きな市場を作ることを強く願います。それには、やはり、スポーツカーやスーパーバイクへの理解がもっと熟成するべきかも、と思わざるを得ないのです。
いまはギャル系漫画や野球漫画を描かれているしげの先生ですが、もう一度バイクや車を題材にした作品を手がけていただけたら、と強く願っています。