ロレンスでも度々紹介されるバイク・車コミックの第一人者、楠みちはる先生の最新作

「あいつとララバイ」「湾岸ミッドナイト」は、いずれもバイク乗り、クルマ好きにとってはたまらない作品だろう。

今回紹介するのは楠みちはる先生の最新作である「銀灰のスピードスター」。2015年6月現在、2巻まで発売されている。
「湾岸ミッドナイト」は講談社のヤングマガジンで連載されていたが、もともとは「湾岸MIDKNIGHT」として、小学館のスピリッツでスタートしたのだという。ただ当時は人気がなくて、大人の事情によってヤンマガに移籍したとのことだ。
本作は、設定も主人公も違うが「湾岸ミッドナイト」の集大成、最終到達地点として描いている、と作者の楠先生は話している。

この作品、正直に言ってめちゃくちゃ面白いわけではないが、読むのはやめない

初期の楠作品にあった荒っぽいストーリー展開ではなく、ゆっくりとしてあまり凹凸がないので、何を主題にしているのかがよく分からない。また、主人公も「あいつとララバイ」の菱木研二のような明るさや、速さにまっすぐな爽快感に欠けるし、さりとて「湾岸ミッドナイト」のアキオ(朝倉晶夫)のような他者を拒絶するようなトゲトゲしく昏く冷たい熱情もない。(アキオも後半になると、ホワッとしてマイルドな感じになってしまうが)
若きカーメカニックである主人公元木は、理屈ぽいし、生真面目なうえに優柔不断で、ほとんど共感できないのである。
正直にいうと「湾岸ミッドナイト」の続編的作品である(世界観と設定を引き継いでいる)「湾岸ミッドナイト C1ランナー」の主人公もそうだった。その周囲のサブキャラクターはいいが、主人公までが疾走感を失うと、クルマやバイクの漫画はある意味破綻してしまうと僕は思う。

じゃあ読むのをやめろよ、と言われれば・・・・やめない。他に人には読むことを勧めないが、僕は最後まで読み続けるだろう。なぜかというと、理由は2つある。

一つ目は、そのタイトルだ。 銀灰のスピードスター 。これは主人公が偶然乗ることになる古い空冷ポルシェ911ターボのことで、もともとは黄色いオリジナルカラーを、前の持ち主が銀灰色に塗り直した。

前述したように、茫洋とした主人公 元木は、漫然と進む日常の生活の中で目的を見出せず、すべてが灰色に見えていた。その中でひょんなことからリストアに携わることになった空冷ポルシェ・ターボだけが、銀色の光を放ち、彼の心に侵食してくる。他のすべてを後ろに放り投げてでも、この911ターボに関わりたくなってしまうのだ。そして彼は生活のすべてをかけて911ターボを名実ともに自分のモノとすることを決意し、さらに自らはひび割れた両手と引き換えに”本物”のメカニックへの道へと踏み出していく。
この気持ち、気分はよく理解できる。若いときに何に(人でもモノでも趣味でもいい)出会うかで、その先の人生は変わる。このタイトルは、それを端的に示しているのである。

二つ目は、なにをおいても楠先生の描くクルマが、やはりセクシーだということだ。
「湾岸ミッドナイト」の悪魔のZことフェアレディS30Zもそうだったし、「あいつのララバイ」の ZII を始めとするオートバイたちは、緻密さに欠ける代わりに躍動感が半端なかった。それはまるで、着飾ったゴージャスな女たちというよりは、例えば踊りまくって化粧もとれかかった女に見える爽快さに近いようなセクシーさだ。

(その代わり、楠先生の描く女性は、クルマほどにはセクシーじゃないんだなw)

というわけで、本作はわかる人にしかわからない。そんな作品だと思う。
決して魅力的ではない主人公、ダラダラとしたストーリー展開、理屈ぽい台詞回し。どれもが人に勧められるものではないのだが、銀灰色の、時代遅れの空冷ポルシェだけが妖しい輝きを放つ。いまだ読者を完璧に惹きつける走りを見せてはいないそのポルシェが、今後どういうカスタムを施され、どんな走りをみせて我々にもその銀の輝きをみせてくれるのか。その期待感を持って僕は読み続けているのである。