前編、後編でまとめようと思ったのですが、よくよく考えると無理でした(苦笑)。ですので、これを中編とします。

1970年・・・日本車がデイトナ200マイルを初制覇!

F750ルールになって最初の1970年大会を制覇したのは、前年発売のホンダCB750FourをベースにしたCB750Rでした。優勝ライダーは米国人のディック・マン。序列としては元GPライダーのラルフ・ブライアンズら英国人ライダーがエース待遇だったのですが、老兵といえるマンが勝ったのはホンダとしては想定外だったみたいです。

1970年ホンダチーム。奥からビル・スミス、トミー・ロブ、ラルフ・ブライアンズ、そしてウィナーのディック・マン

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翌1971年はディック・マンが連勝。車両はBSAロケット3(ロブ・ノースフレーム)。この勝利は英国車最後の200マイル制覇と長らく歴史書の類に記されていたのですが、昨年ダニー・エスリックがトライアンフで勝利したことで、記述が書き換えられることになったのは記憶に新しいです。

BSAロケット3を駆るディック・マン

www.motorcycleclassics.com

この1970年代前半を、デイトナ200マイルの黄金期と語る歴史家は多いです。日欧米の750ccマシンに対する世界的注目が高まった当時、各メーカーは格好の宣伝の場となるデイトナ200マイルにこぞってワークスチームを派遣しました。

1972年デイトナ、カワサキワークスのH2R軍団

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1972年デイトナ。ジョディ・ニコラスとスズキTR750

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F750時代のデイトナ200マイルを支配したヤマハ・・・

とりわけ初期F750ルールのデイトナ200マイルで注目を集めたのは、カワサキとスズキの2ストローク3気筒でした。100馬力を超える大パワーを持つこれらのモンスターマシンは、常に優勝候補としてあげられる速さを備えていました。2ストローク車初のデイトナ200マイル勝利を記録するのは、どちらかのメーカー・・・という声がほとんどでした。

しかし、当時のタイヤやチェーンなどの周辺技術がこれらモンスターの高性能に追いついていなかったこともあり、カワサキとスズキ陣営はマシントラブルでリタイア・・・というパターンで自滅することが多かったです。1972年はなんと、プライベーターでヤマハTR3(350cc2気筒)に乗るドン・エムデが2ストローク初勝利という快挙を達成しました。

ドン・エムデとヤマハTR3

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この勝利は、ヤマハにとっても初のデイトナ200マイルでした。当時、その後ヤマハがデイトナ200マイルで13連勝することになると、予想した人はいなかったでしょう。翌1973年はヤーノ・サーリネンがファクトリーの水冷2気筒350cc(YZ634)で、750cc勢を相手に勝利。1974年からはヤマハの本命マシンである4気筒750ccクラスの0W19(700cc)がデイトナデビュー。ジャコモ・アゴスチーニが見事勝利しました。

GP最多タイトル記録を持つジャコモ・アゴスチーニとヤマハ0W19

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翌1975年からはTZ750が市販開始。そしてファクトリーのYZR750がデイトナ200マイルを支配するようになり、1980年代初頭までの時代「フォーミュラ・ヤマハ」のような様相を呈することになりました。無敵状態のヤマハ勢によるトップ争いが毎年繰り広げられることに、観客たちは飽きたのでしょう。黄金期から一気にデイトナ200人気は、冷え込んでしまうことになるのです。(続く)