六田登先生お得意のスピリチュアルなバイクコミック
六田先生は、「F」「TWIN」でもわかるように、非常に内面的、精神的な世界をえぐるように沈むように主人公や、登場人物を描いていくのが特徴ですね。
本作もまた、主人公の城戸スズカは死んだはずの憧れのレーサーの声が聞こえる、というオカルト的な設定になっています。
城戸スズカの憧れのライダーの名はオサム。彼は将来を嘱望された優秀なレーサーでしたが、過激な走りがたたって、サーキットで散ります。
彼に憧れて自らもレーサーになった(というより、惚れてもいた)スズカは、モチベーションを失いかけますが、ふとしたきっかけでオサムが事故死した時に使っていたヘルメットを見つけるのです(これ、本当はオサムのものではないらしいのですが、それはここでは詳しく触れません)。
スズカはオサムへの思いを断ち切り、レーサーも辞める覚悟で彼のヘルメットをかぶってレースに挑みます。すると、そのとき奇跡がおきます。
走りに精彩がない彼女の耳に、声が聞こえ始めます。「アクセルを開けろ」「ブレーキはまだだ」といった走りに対する指示が彼女に与えられるようになるのです。
それは死んだはずのオサムの声でした。
幻聴か、幽界からの声か知らず、スズカはオサムの声に耳を傾けます。こみあげてくる恐怖を、オサムへの敬意と憧憬の思いでねじ込み、彼女はスロットルを開けます。そして、急激に走りに目覚めていくのです。
天才ライダーが見てきた世界。生きてきた証。
オサムの声に導かれ、それが本当に彼の声かどうかは関係なく、スズカはレースで頭角を現し始め、周囲の注目も受けるようになります。若くして結婚していたオサムの遺児を、なぜか預かることになったうえ、彼女の走りに目をつけてチームライダーにスカウトをしてくるプライベートチームが現れるなど、突然スズカの周りは騒がしくなります。
さまざまな問題や摩擦に疲弊していきながらも、スズカはオサムがなぜ自分に話しかけてくるのか、その理由を知りたくなるのです。同時に、オサムが見てきたであろう、超高速域で一気に変化する、極限の走りの景色の一端を見たことで、彼が生きてきたその世界の景色をすべてみてやろうと決心するのです。
本作は、5巻という短いものですし、それほど一般に売れた作品ではないかもしれません。
しかし、「F」の赤城軍馬や「TWIN」のヒョオにあたりそうなキャラクターであるオサムは、本作では物語の冒頭で退場し、その想いや記憶を引き継ぐ平凡な女性ライダーを主役にしているところが、新しいと言えるし、六田先生の世界観がより濃く見えていると言えると思います。
Kindleですぐ手に入りますので、ぜひお読みください。