皆さんは、ロイヤル・エンフィールドというと、古臭いOHV単気筒エンジンを搭載する、トコトコとノンビリ走るのが似合うモーターサイクルをイメージすると思います。特に、EFI(電子制御式燃料噴射)搭載前の旧型ブリットについては、その印象が強いでしょう。
過酷なマン島で、平均時速100マイルを超えることの難しさ。
1983年から、マン島TTが開催されるマウンテンコースで行われている「クラシックTT」は、世界中のヒストリックロードレースの最高峰として多くのクラシックファンに認識されています。一般に、旧いモーターサイクルは大して速くない、と認識されているでしょうが、このイベントに参加する1972年以前のモーターサイクルたちについては、その認識は当たらないと言えるでしょう。
近年では、同イベントのウィナーたちのラップタイムは、平均時速110マイル(約177km/h)オーバーが珍しくありません。1周約60.7kmの島を一周する公道の中に、200以上のコーナー数と高低差400m以上の有する過酷なサーキットがマン島のコースです。平均時速でこれだけのスピードを出すには、まず完璧にこのコースを把握することが最低条件で、さらに大いなる勇気と確かな技量が求められます。
誤解を恐れずに記しますと、たとえMFJ全日本選手権で優勝できるレベルのライダーが、最新のレーシングモデルに乗ったとしても、初参戦で「クラシックTT」最高峰500ccクラスの勝利者のタイムを上回ることは難しいことだと思います。コース全周ほぼエスケープゾーンなし。エスケープゾーンどころか、コース脇は石垣や崖が当たり前のコース設定・・・転倒が即、死に結びつく危険なコースで平均時速100マイル以上のラップを記録するには、それなりの経験が必要というのがマン島の常識なのです。
リンスデル親子の情熱が生み出した、スーパー・クラシック・シングル。
かつては、マン島TTコースを使ったマンクスGPでは、当時最新の単気筒レーサーを用いたシングルクラスが、1994〜2000年の間に開催されていました。驚くべきことに、近年クラシックTTに参加する単気筒マシンの上位入賞車は、かつてのドゥカティ・スーパーモノなどのタイムに匹敵するタイムを悠々と叩き出しています。基本設計が1950年代以前のマシンが、現代のエンジニアリングの下で作られたマシンと遜色ない速さをマークするのは、純粋に驚かされることだと思います。
そんな、スーパー・クラシック単気筒の中で、最も興味深い存在と言えるのが、スティーブ・リンスデルの手がけるロイヤル・エンフィールドです。1955年生まれのスティーブは、1977年に、当時すでにロードレーサーとしては全く「無価値」だった350cc単気筒のエンフィールドでレース・キャリアをスタートさせています。1981年に、古典的なロードレース用フレームの名作であるシーリー・フレームにエンフィールド500ccOHVエンジンを搭載するレーサーを、スティーブは製作します。この車両こそが、今も走り続けるリンスデル親子のマシンの原型なのです。
スティーブは2007年まで現役レーサーとして活躍し、多くの誉れある記録を残しました。しかしその間もスティーブは、彼の初恋の相手とも言えるエンフィールドを進化させることに取り組み、年毎にその戦闘力を向上させました。
2005年、スティーブはシーリー・エンフィールドでファステスト・ラップを記録する栄誉を獲得。そして2006年には500ccクラス2位の座を手中におさめています。またリンスデル製のエンフィールドは、純粋な市販レーサーとして製作されたマンクス・ノートンやマチレスG50を尻目に、マン島TTコースを平均時速110マイル以上で走った最初の英国製単気筒の座を得ることに成功しました。なおスティーブがライダーとして退いてからは、モダンバイクのレースでも活躍する息子、オリーがエンフィールドの乗り手としてマン島クラシックTTを含む各種イベントで活躍しています。
リンスデル親子のチャレンジは、現在進行形で続いていますが、1981年からのスティーブとエンフィールドの挑戦という功績をたたえ、2014年のマン島TTの「ラップ・オブ・オナー」のパレード走行に招待されました。その時の模様をおさめたのが、こちらのロイヤル・エンフィールドのプロモーションムービーです。
勝負にこだわりつつも、勝てるマシン選びではなく、自分の愛するマシンの性能追求にもこだわる・・・そんなリンスデル親子の姿勢に、ロマンを感じるのは筆者だけではないでしょう。近年、クラシックTT500ccクラスは、イタリア製のパトンDOHC2気筒やMVアグスタDOHC3気筒などのマルチシリンダーGPマシンが強さを発揮していますが、エンフィールドをはじめとする英国製単気筒勢のリベンジに期待したいです。