少年時代を過ごした ”スカイフォール” で焼け残った写真を受け取ったボンド (ダニエル・クレイグ)。その写真に隠された謎に迫るべく、M (レイフ・ファインズ) の制止を振り切り単独でメキシコ、ローマへと赴く。そこでボンドは殺害された悪名高い犯罪者の元妻であるルチア・スキアラ (モニカ・ベルッチ) と出逢い、悪の組織スペクターの存在をつきとめる。
その頃、ロンドンでは国家安全保障局の新しいトップ、マックス・デンビ (アンドリュー・スコット) がボンドの行動に疑問を抱き、Mが率いるMI6の存在意義を問い始めていた。ボンドは秘かにマネーペニー (ナオミ・ハリス) やQ(ベン・ウィショー)の協力を得つつ、スペクター解明のてがかりとなるかもしれないボンドの旧敵、Mr. ホワイト (イェスパー・クリステンセン) の娘マドレーヌ・スワン (レア・セドゥ) を追う。
死闘を繰り広げながらスペクターの核心部分へと迫る中、ボンドは追い求めてきた敵と自分自身の恐るべき関係を知ることになる-。
6代目ボンド:ダニエル・クレイグ の最終章か?
本作は、007シリーズの第24作目になる。そのうち、現在ボンド役を務めるダニエル・クレイグは、
・第21作:「007/カジノ・ロワイヤル」(2006)
・第22作:「007/慰めの報酬」(2008)
・第23作:「007 スカイフォール」(2012)
・第24作:「007 スペクター」(2015)
の4作に出演している。
007史上最も”背の低い”ジェームズ・ボンド(従来のボンドは平均185cmとのこと。クレイグは178cm)として、最初はダニエル・クレイグの登用に疑問を投げかける声も多かったが、「007/カジノ・ロワイヤル」の大成功以降、史上最高のボンド、という評価を得るほどになっている。
実は僕は過去のジェームズ・ボンドたちがそれほど好きでない。洒脱でユーモアに富み、かっこいいのだが、ちょっと余裕をかましすぎるというか、かっこつけすぎている姿に若干辟易してしまうときがあるからだ。
しかし、クレイグ版ボンドでは、「カジノ・ロワイヤル」で恋人を失い、「慰めの報酬」でその復讐に動き出し、さらに「スカイフォール」で敬愛する上司 Mをも喪う、という流れの中で、全体に流れるトーンはやや陰鬱でダークだった。その中で、力強い肉体と短髪のボンドは、比較的寡黙で、実にハードボイルドな魅力を湛えていた。
しかも、歴代ボンドといえば、女ったらしであるのに、クレイグ版ボンドは一途な愛に殉ずるばかりの生真面目なヒーローのように見えたのだ。
しかし、グレイグの4作目となる「スペクター」では、ある程度洒脱で伊達男のボンドが復活している。
前作で死亡したM(Mとは007を含む 秘密工作員部門=00部門を統括している、MI-6のトップの称号であり、すでに後任のMが就任している)が遺言に基づき、一人秘密の捜査を続けるボンドには、やはり孤独の影はあるが、ユーモアのセンスが身につき、危機にあっても軽口を忘れない適度な余裕を身につけている。
美女とみれば手を出すプレイボーイ然とした物腰や、「ウォッカマティーニをシェイクで」(通常マティーニはシェイクではなくステアで作るカクテルだ)というセリフも度々出てくるのも、昔ながらのボンドのスタイルだ。
しかし、全体として薄まった暗いトーンであるものの、ハードボイルドなムードは十分に残っており、軽いノリを身につけたとは言っても、やはり鍛え抜かれた肉体で激しいアクションをこなすクレイグの存在感は、浮ついた雰囲気に流れることなく、画面を引き締めている。
それでもQ(MI-6の秘密兵器開発や情報工作担当)を始めとする仲間たちとの信頼関係を築き、チームプレイをリードしていくボンドには、これまでの3作での苦悩はなく、リーダーとしての自覚がある。
つまり「007 スペクター」とは、クレイグ版007の集大成、と言っていい出来、なのである。これなら僕のように、真面目なボンドの支持派と、昔ながらのシャレオツなボンド支持派の双方を満足させられるはずだ。
クレイグは本作でボンド役を降りるという噂もあるが、僕としてはもう1-2作はトライしてほしい、と思っている。いまがまさに、丁度いい具合に彼のボンドは完成してきているからだ。
本作の見どころ
本作では、ジェームズ・ボンドの出生の秘密に関わる人物が、最強の敵として登場する。
「ジャンゴ 繋がれざる者」などの好演で知られる名優クリストフ・ヴァイツ(実は僕は彼が大好きなのだ)演じる、秘密組織スペクターのボスは、実はボンドの幼馴染というか、兄弟に近い関係であったが、生まれながらに正義感の欠如した性格と緻密な頭脳を併せ持つモンスターだったという設定だ。
彼こそが、全4作にわたってボンドを苦しめてきた張本人であり、本作でいよいよボンドに向かって直接牙を剝く。冷酷だが魅力たっぷりの悪役を嬉々として演じるヴァイツはまさにはまり役なので、彼の口吻の巧みさにぜひ注目してもらいたい。
もう一つの魅力は、ボンドのアクションだが、常に彼が超高級そうなスーツをまとっていることだ。上質の服、高級な車、そして絶世の美女。これが007映画には欠かせないエッセンスであることは間違いない。
クレイグは分厚い胸板と太い腕を仕立てのよいスーツで隠して、超絶なアクションを行う。これが実にかっこいい。他のスパイアクションとは一線を画す、英国ベースならではの、スタイリッシュな魅力なのである。
ボンドを追い詰める強敵たちの存在も見逃せない。
デイブ・バウティスタ演じるスペクターの殺し屋は、その雄大な体格と無慈悲な表情で、見るものを圧倒する。ボンドにして到底勝てないと思わせるような力強さは、圧巻である。
そして、ボンドを助ける仲間たちも、いい味を出している。
史上最も若いQも、家のローンと猫の世話の心配をしながら失職のリスクに怯えるサラリーマン的な顔をみせるが、結局ボンドのアシストを買って出る。
官僚的な印象の新Mも、ボンドの暴走に手を焼きながらも、彼への信頼は揺るがない。
こうした仲間たちとの連携も、今回の作品の面白さの一つだ。
再び一途な愛(女と車)に目覚めるボンド?
スペクターとの死闘の中で、ボンドはスペクターの本拠地の場所を知る女、マドレーヌ・スワン(レア・セドゥ)との愛を深めていく。
レア・セドゥは決して美人ではないが、フランス女優らしい愛らしくもセクシーな魅力を湛えた女優だ。ただ弱く守られるだけの存在ではなく、ボンドを支える気丈なヒロインを見事に演じている。
ボンドは第1作で非業の死を遂げた恋人ヴェスパー(演じたのはエヴァ・グリーン。彼女も大好きな女優の一人だ)への想いを断ち切り、マドレーヌを愛していくが、それも納得出来るだけの魅力が彼女にはある。
そして、もう一つ、ボンドが愛を捧げる相手が。
それは、前作で敵に破壊されてしまったはずのアストン・マーチンDB5だ。最新のアストン・マーチンDB10を惜しげもなく河に沈めてしまうwボンドも、この名車への思い入れは半端なかった。
冒頭にレストア中のDB5が登場し、そしてラストシーンもまたこの車を見ることができる。それだけでも、本作を見に行く甲斐がある、と言っておこう。