一話一車種をテーマにした、バイク読切短編集。
作者は山口かつみ先生。先生自身が作品内で紹介しているように、バイク漫画を描きたくて描きたくて漫画家になったのに、なかなかチャンスが訪れず、しかも途中でいつしかバイクに乗ることさえほとんどなくなってしまった頃に、降ってわいたように訪れたチャンス。それが本作の連載だったそうです。

オムニバス的なオートバイに関わる青春短編集

『My Favorite BIKE』は1話完結の短編集で、1話につき1車種のオートバイが紹介される体裁になっています。
第1話は、年上のいとこからバイクを譲り受けるために福岡から宮崎に向かった少年の物語から始まります。ハーレーをもらえると思って勇んで行ったら、もらえたバイクはなんとスーパーカブ・・。裏切られた期待、50ccのバイクで福岡まで戻らなければならないという憂鬱。しかしその旅の間で、少年は徐々に大人になり、そしてカブへの愛着も生まれていく、という可愛らしいお話です。

第6巻まで(例のごとくKindleで購入して)一気読みしましたが、7巻以降、まだまだ続くようですね。素晴らしい・・パチパチ。

バイク愛が詰まった作品に涙

オムニバスなので、全体を通して変わらないのはオートバイへの愛情と、乗り続けることへのこだわりだけで、たまに同じ主人公たちで別のエピソードが綴られたりはするものの、基本的には全て別の設定、別のお話です。

ただ、わりと多いのが、親と子をつなぐキーファクターとしてのバイクです。
例えば、以下のエピソード。
妻に逃げられ、息子から小馬鹿にされていた男が、心筋梗塞で一人寂しくアパートの自室でなくなってしまいます。

夜遊びで3日ぶりにアパートに戻った息子は、変わり果てた父親を発見しますが、その手に握られていた一つの鍵を不審に思い、その場所を訪れるのです。

画像: ©山口かつみ先生、小学館

©山口かつみ先生、小学館

それはマンションでもアパートでもなく、ガレージでした。
父親が自分に内緒で愛人でもいたのかと勘ぐった少年でしたが、そこに待っていたのは女性ではなく、一台のオートバイでした。

そう、スズキのカタナだったのです。

画像: コツコツとレストア作業を行われていたらしい、一台のカタナ。

コツコツとレストア作業を行われていたらしい、一台のカタナ。

少年は、アパートにさえほとんどなかったと言える、父親の人生のさまざまな欠片や匂いが、そのガレージには詰まっていたことに軽い驚きを覚えるとともに、ただ寂しい毎日を送っていたとだけしか思っていなかった父親が、古いオートバイを自ら修理し、完成させようとしていた事実を知って、胸を打たれるのです。

そして、彼は決意します。
自分も二輪免許をとって、このカタナを完成させて、父の代わりに自分が乗ろう、と。

画像: バイク愛が詰まった作品に涙

興奮もスリルもない、ただ優しく穏やかな佳作。

オートバイを題材にした漫画や映画の多くは、サーキットや峠などでのスピードにこだわるものが多く、それがもちろんぼくたちに大きな興奮を与えてくれています。だからこそ、名作・傑作として多くの人の心に残り、響くのです。

しかし、本作では、中にはスピードにこだわる短編もありますが、その多くは何気ない日々の中で、静かにぼくたちに小さく微かに勇気を与えてくれるオートバイの存在を描いたものです。

面白かった!興奮した!というような読後感はありませんが、読み終えたあとに、なんともいえない優しさが胸に残る作品ばかりです。きっと読み終えたときに、あなたの唇には自然と軽い笑みが刻まれていることと思います。

こういう作品もまた、オートバイを文化として育て、愛して続けていくために必要なのだ、そう思うのです。

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