オープンカーで誘って。でも軽はイヤ、と彼女は言った。
5月も半ばに差し掛かり、緑は美しく陽光に映えるようになってきた。
夏はもうすぐだ。こんな季節は、クルマであってもオートバイであっても、もっとも楽しく快適に愉悦を味わえる、最高の時間だろう。
だったらどうしてドライブに誘わないのか?、とF香は言った。
「そうだね、すまなかったね」と私は素直に頭を下げた。
断っておくが、F香と私はつきあっているわけではないし、彼女にも私にもデートをする相手くらいは他にもいる。
それはそうなのだが、F香と会う時間が最近相対的には多い気がする。なにしろ、いい女だからだ。外見もさることながら、頭がよく、誤解を恐れずストレートな物言いを、確かに私は気に入っていたのだ。
「実はそろそろ車検でクルマを買い換えようと思っていたところなんだよ」と私は言った。
ふーん、とF香は少し悪戯っぽい表情をして「何買うのよ?オープンカーがいいわ。オープンカーに乗りたい」と言った。
「オープンカーね」私は腕を組んで天井を見た。実はオープンカーを買おう、と思っていたところだったのだ。心を見透かされたような気分で私は面映くなり、照れ隠しに渋い顔をしてみせた。
「季節もいいしね。オープンカー乗って海辺のテラスがあるカフェを探しましょ。早く買って誘って」と彼女は、なんとも無邪気な笑顔を見せた。
でも、軽自動車はいやよ、とF香はすぐに言い足した。「最近出た、ホンダだったかしら、軽のスポーツカーとかはいやよ」
「ホンダS660のことだな。でもなぜ?かっこいいじゃないか」と私。
あなたには似合わない、と彼女は言った。あれは若い人向けよ、と。
「いい年した大人は、大人にしか乗れないクルマを乗るべきよ。小さなボディで頑張って背伸びするのは若い男の子にはピッタリでかっこいいと思うけど、大人の男の人には、無理して若作りしているかのように見えるわ。だからイヤ」
大人には大人のオープンカー。貴族的な一面を見せるならJaguarか?
「まあ、そうだね」と私は答えた。「S660はさすがに買うつもりはないよ。20代前半だったら買ってたかもしれないし、ファミリーカーとの2台持ちならオートバイ代わりに買うものありかもだけどね」
それがいいわ、と彼女は言った。「じゃあ、何を買うの?候補くらい決めてあるんでしょう??」
値段は度外視して、とはいってもフェラーリやランボルギーニを買う予算はない。しがないフリーランスの文筆業である私にそんな贅沢は許されない。だから、それなりに身の程を知った上での選択となるが、
「いくつか候補は考えているよ」と私は言った。「まずは、ジャガーのF-TYPEはどうかな」
あら、いいじゃない、ジャガーって響きも素敵、とF香は言った。「でも、結構高そうね」
1,000万以上するね、と私が答えると、あなた、払えるの?という目で彼女は私を見たが、とりあえずそれは無視して、私は話を続けた。
「次はBMWのZ4。タイプとしてはジャガー F-TYPEに似ているな」でも、価格は少し安い、と私は言った。
広い価格帯が魅力のハードトップオープンカー Z4
最上位モデルでも840万円くらいだから、F-TYPEと比べれば安いと思う、と私。
「F-TYPEに比べればエロさには欠けるが、君を乗せたら映えると思うな」
いいわね、と彼女は言った。「前が長いのがクラシックで好き」
BMWらしさを全開にできる直列6気筒3,000ccエンジンにツインターボをつけたタイプと、直列4気筒2,000ccの同じくツインターボがある。
BMWに乗るなら6気筒だろう、と私は言ったが、F香は眉をしかめながらエンジンのことはわからない、と首を振った。「見た目と音がよければいいわ」
人気は一番だろうポルシェ・ボクスター
ポルシェには911タイプでもカブリオレがあって、屋根を開けることが可能だが、予算がいきなり跳ね上がる。911にこだわらない限り、ポルシェブランドでオープンカーを選ぶならボクスターというのが良い選択だろう。
ところが意に反して「ボクスターはイヤ」とF香は言った。
昔のボーイフレンドが乗ってたの、と彼女は言う。「わたしの思い出と張り合うつもりならそれでもいいけど」
「それはなるべく避けたいな」と私は首を振った。「ボクスターは廉価版だと630万円くらいからだから、けっこうリーズナブルなんだけれどね」
ちなみに、と私は笑った。INETERMECCANICAの356レプリカというものあるよ、と。
「いいけどポルシェじゃないほうがいいわね」とF香は頑固に言った。
結論はいかに??
で、どうするの?とF香は訊いた。「早く買わないと季節が変わるわよ」