愛の伝道師の不手際
ドラマ「半沢直樹」で人気を博し、最近では「LOVE理論」なるドラマで愛の伝道師的な役柄を演じている片岡愛之助さんだが、恋人との無粋な別れ方でトラブルの最中にいるという。
なんでも電話で別れを告げて、それで交際は終わったと思い込んでいた愛之助さんに対して、女性のほうは別れたつもりになっていなかったという。長いこと愛を育み、結婚も見据えていたはずの愛しい男が、まさか自分に対して一本の電話で終わりを告げるなんてことができるはずがない。彼女の立場から言えば、そういうことだったらしい。
その結果、思いもかけない愁嘆場に多くの一般大衆を巻き込むことになってしまったわけだ。
「楠さんはそんなことしないわよね」最近知り合ったばかりの女子大生のY乃は、左手で頬杖をつきながらそう言った。「泣くよ、私」
私はしない。ただ、そもそも君と私はまだ恋人同士というわけでもないよ、と私は心の中でつぶやいた。
Y乃と会うのは4回目だ。同じ大学の彼氏に物足りないものを感じるがどうしたらよいか?という相談を受けたことから仲良くなった。ただ、私はすでに彼女とは距離を置こうかと思い始めていたところだった。
電話での別れがいけないわけではない
電話で愛の告白をする。もしくは二人の関係の終わりを告げる。
それ自体は、実は私は有り、だと思う。仮にLINEでそれを行ったとしても、当人さえそれを受け止められればそれでいい。効果的なアプローチであれば、臨機応変でよいと考えるのだ。
(無論、スタンプで済まそうとするのは論外だが)
要は自分がいかに真剣であり、告白するにせよ別れを告げるにせよ、相手のことを懸命に考えたうえでの止むに止まれぬ選択であることが相手に伝われば、方法はなんでもよいと私は思う。
どんな手段であってもいい、電話で別れを告げてもいい、ただ愛之助さんはそれがうまくできなかった、ということだと思う。
「でもね」Y乃は唇を尖らせて言った。「何年か付き合っていた恋人に突然電話で別れようなんて言われたら、誰だって頭にくるし、ものすごく悲しくなると思うよ」
そのとおりだ。私はにっこり笑って言った。「なら君ならさ、どんな方法で別れを告げる?あるいはもし電話で別れるなら、どんなふうに切り出す?」そうね、とY乃は考え込んだ。
しばらくして、顔をあげると彼女はこう言った。「わたし、振られたことないからわからないけど、別れるにしても、告白されるにしても、ムードが大事だよね。例えば洒落たバーで物憂げな感じでさ」
そういうとY乃は頬杖を外して、自分の身体に巻きつけた。すると胸元から豊かな双隆がのぞく。
そろそろ、とY乃は言った。「私、待ってるんだけどな」
私は周りを見渡した。私たちは赤坂のとあるバーにいた。
店の中には静かなジャズが流れ、数人の客がいたが、みな自分たちのテーブル以外には届かないほどの静かな会話を楽しんでいる。
時の氏神からの電話
私は思わず肩をすくめてから、目の前のグラスを持ち上げると琥珀色の液体を幾分か口に含んだ。
危ない危ない。二十歳やそこらでも、女性は女性。ふと気づくと男の心の壁を容赦なく削ってくる。
「君は彼氏がいたよね」
「いるよ」だからどうした?という顔する。
彼に告られたときのシチュエーションはどうだったんだい?
そう切り出そうとしたときに、ちょうど私のiPhoneが鳴った。F香だった。
ちょっと失礼、私は席を立って電話を取った。私の横顔をY乃が見つめていることはそちらに視線をやらなくてもわかっている。
「ちょっといい?」とF香は言った。
「平気だよ。どうした??」と私。
「別に用はないんだけど」とF香は言った。「なんとなく電話したらあなた喜ぶがしたんだけど、きのせいかしら?」
もちろん喜んでいる。そのまま電話口でF香に愛の告白をしようとさえ思ったくらいだ!
が、それは堪えて数十秒たわいない話をしてから私は電話を切り、Y乃のそばに戻った。
「どうかした?」とY乃は先ほどよりは少し落ち着いた顔で言った。
いや実は、と私はとっておきの言葉を口にした。「たったいま彼女に別れようと言われたんだ」