核廃絶を訴え続けノーベル平和賞を授与された日本人女性の半世紀にわたる知られざる原点と軌跡を探るドキュメンタリー映画『ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに』が2021年4月より全国順次公開されることが決定した。
画像: 映画「ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに」予告編 www.youtube.com

映画「ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに」予告編

www.youtube.com
画像: 核廃絶を訴え続けノーベル平和賞を授与された日本人女性のドキュメンタリー映画が公開

唯一の被爆国に生まれた日本人として何をなすべきか?

本日2021年1月22日は反核平和活動の上で歴史に残る日。核兵器を初めて非人道的で違法とする国際条約・核兵器禁止条約の批准国が、2020年10月24日に50か国に達し、今月1月22日についに条約が発効されることになった。

この条約締結を先導した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)は、2017年ノーベル平和賞を受賞した。ICAN発足当時よりICANを代表して、国連や国政会議で被爆者としての体験を語り伝え続け、条約の推進に貢献してきたのが、被爆者であるサーロー節子だ。

本作は、13歳で被爆し、300数名もの学友を瞬時に亡くしたサーロー節子が後にカナダ人と結婚、トロントに移住し全世界に向けて平和活動を続ける姿を4年間に渡って密着取材し完成させたドキュメンタリー。

本作のプロデューサーである被爆2世でニューヨーク在住の竹内道が、節子と出会い自身の真実を見つける旅が並行して描かれる。偶然にも広島女学院の卒業生であった二人の距離が縮まり、節子に励まされて、道は自分の家族の被爆の歴史に目を向け始め、広島赤十字病院初代院長時に被爆した祖父や入市被爆した母の語らなかった体験を少しずつ発見し被爆二世としての自身を見つめなおしていく。 

画像: 唯一の被爆国に生まれた日本人として何をなすべきか?

撮影は、原爆投下から70年が経った2015年、ニューヨーク国連本部におけるNPT(核不拡散条約)会議の会場から開始された。その後、広島、トロント、オスロとの節子の活動の場を追ってカメラは世界を駆け巡る。そして、2017年12月、遂にICANがノーベル平和賞を受賞。凍るように寒いオスロでの授賞式には、ICANの一人として、そして何十万の被爆者の声を代表して受賞スピーチを行い一語一語力強く訴えかける節子の姿があった。

監督は竹内 道と共同プロデュースもてがけるスーザン・ストリックラー。アメリカのネットワーク・テレビにて、ドラマのプロデューサーや監督を長年つとめ、アメリカ監督賞(DGA)やデイタイム・エミー賞を受賞している。サーロー節子と竹内道の二人の人生を重ねあわせる構成について「政治的ではなく個人の物語として描くことで、核廃絶運動には誰でも何かのきっかけがあれば関われることがより伝わる」と語る。

映画内で節子が語る被爆体験は、リアルで凄惨を極める。日本人の我々でさえ改めて原爆の 恐ろしさ、非人道性に恐怖と怒りを新たにするが、核兵器を政治的均衡、国際間パワーゲームの道具として認識している多くの欧米人の心を動かしたのは、こうした節子の悲しくも生々しい言葉だった。

なぜ、被爆者サーロー節子(旧姓中村)と被爆2世の竹内道はともに広島からそれぞれトロント、ニューヨークへ行かなけらばならなかったか? 唯一の被爆国に生まれた日本人として、我々は何を知り、何を知らないのか? そして何をなすべきか? あらためて突きつけられるさまざまな問い。まさに「今こそ観なければならない」ドキュメンタリー映画だ。

ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに
2021年4月、東京・ユーロスペースにて全国順次公開

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.