ネーミングからして、スポーツカーファンが胸ときめかせてしまう「V10パフォーマンス」。大排気量×マルチシリンダー×ナチュラルアスピレーションの組み合わせは、その豊かさを御する愉しさ、制する悦びをドライバーに味わわせてくれる。それはやっぱり特別な心臓。現代、そのインパクトを堪能できるクルマは数少ない。(Motor Magazine 2020年6月号より)

ポルシェ911をターゲットに開発された!?

先日、ネット上で興味深い記事に出会った。それは「アウディR8はポルシェ911の市場を脅かすために生まれた」という仮説に基づくもの。なるほど、ドイツ的理想主義でスポーツ性能と実用性の両方を磨き上げたスポーツカーは、かつて911以外になかった。そしてその技術的な卓越性ゆえに、ポルシェは自動車界において孤高ともいうべきポジションを築き上げたのである。

もしもアウディがポルシェ911に匹敵するスポーツカーを作り上げたとしたら、なにが期待できるだろうか?初代型のR8がデビューした2007年当時、メルセデス・ベンツもBMWも、911と肩を並べることができるスポーツカーを有していなかった。となれば、ブランドのスポーツ性においてアウディはライバルに先行できるかもしれない。これこそ、R8が企画された最大の理由だと、この記事は説いていたのだ。

この仮説には説得力がある。なにより、R8は理性的でシンプルなたたずまいという点で911とよく似ている。かつてスーパースポーツカーといえば、クルマ好きの間でも「キワモノ扱い」される傾向がなきにしもあらずで、それゆえ実際に購入するのは特定の層に限られていた。しかし、911はその控えめなデザインゆえに、より多くのファンに受け入れてもらえた。この点ではR8も911と近い立ち位置にあるように思う。

ただし、R8はあくまでも後発である。だとすれば911を確実に凌駕する要素を備えていない限り、その影に隠れてしまいかねない。そう考えてみると、R8は911にない特徴を少なくともふたつ備えていることに気づく。

ひとつはエンジンをミッドシップしている点、そしてもうひとつが911の水平対向6気筒を上回る、マルチシリンダーエンジンの存在である。ミッドシップがリアエンジンよりも全面的に優れているかといえば、これにはさまざまな意見があるだろう。しかし、スーパースポーツカーといえばミッドシップと考えるファンは少なくないはず。

R8の流麗なスタイリングもミッドシップであればこそ実現できたもので、このレイアウトがR8の魅力を増強していることは間違い。いっぽうで、スーパースポーツカーファンには、8気筒、10気筒、12気筒などの「マルチシリンダー信者」が多いことも事実。なぜ、マルチシンダーが信奉されているかといえば、それが高出力な自然吸気エンジンの象徴だからだ。

自然吸気エンジンを高出力化するうえで重要なのは、短時間により多くの空気をシリンダー内に取り込むことに尽きる。これを実現する方法のひとつが大排気量化であり、いまひとつがエンジンの高回転化である。排気量が大きければ一度に採り入れる空気が増える。これを一定時間内に数多く繰り返すには高回転化が有効である。

しかし、シリンダー数が一定のまま排気量を拡大すれば、ピストンやコンロッドなどのパーツが大型化して慣性質量が嵩(かさ)み、高回転化が困難になる。ところがシリンダー数を増やせば、同じ排気量でもひとつひとつのムービングパーツを小型・軽量化できるので慣性質量が減少し、大排気量と高回転を両立できる。その意味において、マルチシリンダーは高出力エンジンの代名詞だったともいえる。

マルチシリンダーのメリットはそれだけではない。レイアウト次第ではシリンダー数の少ないエンジンよりもスムーズな回転フィールを実現できることがその第一。そしてマルチシリンダーでなければ実現できない澄んだ音色と甲高いエンジン音を響かせることが第二のポイントである。

画像: 引き締まっていながらしなやかさを失わないフットワーク。アウディマグネティックライドが、減衰力を絶妙に制御する。

引き締まっていながらしなやかさを失わないフットワーク。アウディマグネティックライドが、減衰力を絶妙に制御する。

官能的に響く多気筒エンジンの音色のワケ

なぜ、マルチシリンダーエンジンは美しい音色を奏でることができるのか?それは、高周波成分を多く含んだ排気音を生み出すのに有利だからだ。前述したとおり、マルチシリンダーエンジンは高回転化を目的としていることが多い。エンジン回転数が高まれば、一定時間内にクランクシャフトがより多く回転し、より多くの爆発が起きる。この結果、エンジン音の周波数も高周波側にシフトし、より高い音色を奏でるようになる。

しかもマルチシリンダーエンジンは同じ回転数で回っていても、一定時間内に爆発が起きる回数が多い。シンプルな話、シリンダー数が倍になれば爆発の回数も倍になり、音楽的にいえば音階は1オクターブ高くなる(4ストロークの場合)。美しい音色の秘密は、この点にもあったのだ。

そんな自然吸気のマルチシリンダーエンジンもいまや絶滅の危機に瀕している。一般に多気筒エンジンはフリクションロスが大きく、燃費向上(=CO2排出量削減)に不利だからだ。同様にして、高回転化と高出力化がワンセットとなっている自然吸気エンジンは、高回転化がフリクションロスの増大を必然的に招くため、少なくともスポーツカー用としては使いにくい。

この結果、10気筒以上の自然吸気エンジンを生産している自動車メーカーはいまやフェラーリ、ランボルギーニ、そしてアウディの3社だけとなった。まさに絶滅危惧種といっていいだろう。そんな貴重なエンジンを積んだアウディR8に改めて試乗した。

画像: 包まれ感が心地よいインターフェイスデザイン。テストカーはグロスカーボンの拡張デコラティブパネルなど、各種オプションパーツを装備することで、ひときわ上質な印象をアピールしている。

包まれ感が心地よいインターフェイスデザイン。テストカーはグロスカーボンの拡張デコラティブパネルなど、各種オプションパーツを装備することで、ひときわ上質な印象をアピールしている。

スパルタンな走りながら乗り心地はジェントル

キャビン後方に搭載された5.2L V型気筒自然吸気エンジンは、先ごろ実施されたマイナーチェンジで排気音がいくぶん低くなったとはいえ、6000rpmを越えて7000rpmに近づくと、それまでぐっと押しとどめられていたメカニカルノイズとエキゾーストサウンドが一気に炸裂してドライバーの神経系をダイレクトに刺激し始めるのだ。しかも、その興奮がレブリミットの始まる8600rpmまで続くのだからたまらない。これぞ、マルチシリンダー自然吸気エンジンの真骨頂なのである。

そのいっぽうで乗り心地はさらに洗練された。まるで、路面のデコボコで発生する振動のエッジをひとつずつきれいに丸めたかのようで、不快な突き上げ感はほぼ消し去られている。このしなやかな足まわりはコーナリング時のスタビリティを改善するにも大きく貢献しており、波打ったワインディングロードをこともなげにクリアしていく。

もちろん路面のギャップで瞬間的にグリップが失われることもないので、安心感はバツグンに高い。アウディ自慢のフルタイム4WD「クワトロ」が、この傑出したスタビリティを生み出すもうひとつの源になっていることはいうまでもないだろう。

スタイリングは2代目になってやや野性味を増したものの、ライバルたちに比べれば理性的で控えめ。いっぽうで低く流れるようなウエストライン、そしてコンパクトな全長とワイドなボディの組み合わせが、スーパースポーツカーらしい引き締まったプロポーションを生み出している。そのバランスの良さは、芸術的ですらある。

では、冒頭に掲げた命題、すなわち「R8は911の市場に食い込むために生まれた」についてもう一度考えてみよう。

個人的には、R8と911とではマーケットが微妙に異なると思う。911は長い歴史を通じてずっとピュアな存在だった。それは、たとえGT3であろうとターボであろうと同じこと。ポルシェが設定したパフォーマンスはしっかり実現しているが、必要以上のスペックをあえて追求することはない。その点において911は、どこまでも質実剛健なスポーツカーと言える。

いっぽうのR8は、ある意味で過剰な性能を備えている。その中心に位置しているのが5.2L Vの自然吸気エンジンだ。そしてその有り余るパワーを端正でシンプルなスタイリングで包み込むことによって、R8はその過剰さを隠蔽しようとしている。 本当に傑出した部分をあえて隠す。本物の贅沢とは、まさにそういうことなのではないだろうか。(文:大谷達也)

画像: V10(570ps)→V10プラス(610p s)→V10パフォーマンス(620ps)と、堅実に進化を続けてきた5.2L V10ユニット。NAにこだわる。

V10(570ps)→V10プラス(610p s)→V10パフォーマンス(620ps)と、堅実に進化を続けてきた5.2L V10ユニット。NAにこだわる。

■アウディ R8 クーペ V10 パフォーマンス 5.2 TSI クワトロ主要諸元

●全長×全幅×全高=4430×1940×1240mm
●ホイールベース=2650mm
●車両重量=1670kg
●エンジン= V10DOHC
●総排気量=5204cc
●最高出力=620ps/8000rpm
●最大トルク=580Nm/6600rpm
●駆動方式=4WD
●トランスミッション=7速DCT
●車両価格(税込)=3148万円

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