本土最南端・佐多岬から阿蘇、四国カルストとロングツーリングは続く

今回はBMW・K1600GTLで九州まで行った弾丸ツーリングの後編。

24時間で1500kmを走破し、無事に鹿児島佐多岬にゴール。ストーリーはできたが、急いでいたので俺の写真はほとんどサポートカーの助手席から撮影したもの。背景が変わるだけで絵柄はだいたい同じ。これでゴーグル誌のページが作れるのか?

画像1: 本土最南端・佐多岬から阿蘇、四国カルストとロングツーリングは続く

というわけでゴール後も撮影は続く。ゴールの翌朝に再び佐多岬の展望台を訪れ、明るい時間に日本本土最南端の灯台とK1600GTLをカメラに収めた。

その後にパンクのトラブルもあり鹿児島のディラーにて修理。実はこの修理の間に食した鹿児島ラーメンが美味かった。博多や熊本とも違うアッサリした感じで俺好み。

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ラーメンを食べながら帰りのプランを練る。熊本阿蘇を経由して3日目には四国に寄ってから帰京というプラン。

しかし熊本のミルクロードに着いてみたら、霧で真っ白。視界5mくらいで走るのも危ないくらい。「ミルクってそっちの真っ白かいっ!」と叫んだツッコミは白い風の中に消えて行った。

ライダー担当の編集者が「ここまで来たら絶対にミルクロードの天空の道を見たい」と言うので、翌朝に撮影するスケジュールに変更し熊本に宿泊。1500km走った翌日はわずか300kmちょっと走行しただけで終了。

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翌早朝はラピュタの道を走る姿をカメラに収めるために、まだ暗いうちからスタンバイ。なぜなら四国に渡るフェリーの時間が9時前。6時半までにはミルクロードの撮影を終了し移動しないとフェリーに間に合わない。

普段の行いが良いので3日目は霧もなく夜明けと共に天空の道が姿を現す。そこですぐに撮って出発するはずが、あまりにキレイな景色なので「もう1枚、もう1枚」を繰り返し、気がつけば7時に。だって夜明けだから時間とともに空の表情も変わるし、ASA感度も下げられるし……。

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なんて言い訳をほざく暇もなくサポカーに乗せられて、フェリーターミナルのある臼杵港へ向かう。フェリーに乗れないと何百キロも遠回りして帰ることになる。ノンビリ帰京のはずが慌てて走る旅になったが、そこはそれBMW・K1600GTLの本領発揮という場面でもある。

何とか出航10分前に到着し、四国の愛媛県八幡浜へ渡る。

「そろそろ撮影終了でまっすぐ東京に向かうかな」と思いきや「鰹のタタキが食べたい」とか「カルストロードに寄りたい」とかドンドン寄り道が増える。

これもK1600GTLの快適性能のおかげだろう。深夜に帰京となったが、無事この弾丸ツーリングを終える事ができた。

さてミルクロードの天空の道はこの弾丸ツーリング以外にも何度も訪れている。春も夏も秋も、夕陽も撮った。でもこの時の夜明けの撮影が一番思い出深い。

この天空の道(別名ラピュタロード)は2016年の熊本地震で崩落し、現在でも復旧していない。しかし天空の道以外にも阿蘇山周辺には極上のツーリングルートがたくさんある。

九州、特に熊本は日本のライダー全員に一度は走って欲しい場所。K1600GTLで走りまくった3日間。そんな夢のような冒険と遊びと場所を『ゴーグル』で紹介できた事を今でも嬉しく思っている。

写真・文:柴田直行

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柴田直行/プロフィール

柴田直行 しばたなおゆき
1963年3月生まれ
横浜市在住
 
オートバイとライダーをカッコ良く撮るのを生業にしているカメラマンです。
ホンダVT250Fが発売になった1982年(19歳の頃)にオートバイブームに乗じて雑誌編集部にバイトで潜入。
スズキGSX-R750発売の翌年1986年に取材のため渡米。
デイトナでヤマハFZ750+ローソンの優勝に痺れてアメリカ大好きに。
ホンダCRM250R発売の1994年に仲間とモトクロス専門誌を創刊して、米国系オフロードにどっぷり。
カワサキニンジャ250が発表された2007年から、ゴーグル誌でも撮影を担当し現在に至る。
オンでもオフでも、レースでもツーリングでもオートバイライフが全部好き。

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