2020年3月29日、新型コロナウィルス感染により、突然にして帰らぬ人となった国民的コメディアン・志村けん。最近では、“朝ドラ”「エール」の出演や、初の主演映画「キネマの神様」(松竹・山田洋次監督)のクランクインなど役者としても注目されていた。毎週、人気のテレビ番組に出演していたこともあり、彼の死を身近な出来事として、改めてCOVID(コビット)-19の恐ろしさを受け止めた国民は少なくない。
生前、志村さんは大の映画ファンであったという。実は、SCREEN1978年5月号“水野晴郎連載対談”のゲストとして、多忙なスケジュールの中ご出演を頂いていた。その全文を紹介するとともに、彼の笑いの原点に映画があったことを覚え、ご冥福をお祈りしたい。
カバー画像:Sports Nippon/Getty Images

志村けん(ザ・ドリフターズ)
しむら・けん 本名:志村康徳。1950年2月20日東京都東村山生れ。1967年都立久留米高校を卒業と同時にあこがれのザ・ドリフターズのリーダー、いかりや長介に弟子入り。バンドボーイを勤めた後、荒井注が抜けたドリフに74年3月加入。サイド・ギターを担当。土曜夜の人気テレビ番組「8時だヨ!全員集合」で歌って踊った“東村山音頭”が大受け、1976年9月にレコードにまでなった。若さを生かし身体を張ったアクションで人気。ビートルズの大ファンで全アルバムを宝にしているという。

水野晴郎連載対談 今月のゲスト志村けん ~笑いは日常生活に必要なもの~

志村けんさん。ドリフダーズの一員。というよりもっぱら最近はドリフの笑いをリードする程の人気者。この対談もTBSのリハーサル室でという過密スケジュールの中。それでも、盛んに映画を求めて歩く大の映画ファン。実はこの志村けん、映画の中に笑いの原点を探っているのであった。(水野)

画像: SCREEN1978年5月号 水野晴郎連載対談

SCREEN1978年5月号 水野晴郎連載対談

画像: SCREEN1978年5月号 表紙:リンゼイ・ワグナー

SCREEN1978年5月号 表紙:リンゼイ・ワグナー

ジェリー・ルイスを見たのが決定的

画像: 「底抜けてんやわんや」1960年12月公開

「底抜けてんやわんや」1960年12月公開

水野:はじめまして。何かすごいスケジュールだそうで……それでも合間をぬって、よく洋画をごらんになるんですってね。

志村:ええ。まあ一応、面自そうなものは出来るだけ見ますね。

水野:どんな作品を見ます?例えば、“007”のようなアクションものだとか、恋愛ものだとか。

志村:“007”はよく見ます。ただ僕は、戦争映画はあまり見ませんね。

水野:どうして?

志村:いやあ、見ず嫌いというんでしょうね。見れば面白いと思うんだろうけど、とにかく積極的に見ようとはあまり思いませんね。僕はやはり、笑いのある映画を見るようにしているんです。

水野:なるほど。やっぱり仕事柄ネ。例えば最近では、その笑いのある映画というと、どんな作品を見ました?

志村:最近では…ウディ・アレンの「アニー・ホール」。

水野:どうでした?

志村:僕は、彼の「ボギー!俺も男だ」の方が好きですね。なんというか、どこにでもいる男、もてない男を実にうまくあの作品は表現したしていると思うんです。そういうところが好きですね。

水野:どこにでもいる男だからこそ、その悲哀がよくわかるんでしょうね。他にはどんな作品が印象に残っていますか。

志村:かなり昔なんですけど、ジェリー・ルイスの「底抜けてんやわんや」という作品が一番印象に残っています。3分間のショート・ストーリーをつなげたもので、1時間半くらいの映画でしたね。

水野:そうか!ジェリー・ルイスと志村けんという結びつきは面白いな。

志村:あの映画、ジェリー・ルイスがホテルのボーイで、とにかく、一言もしゃべらないんです。ストーリーみたいなものはないんですが、一言もしゃべらないで、体技というんですか、身体と表情で笑わすんですよね。そういうととろがすごく素晴らしいと思いました。

水野:なるほど。志村さんの笑いと共通するものがありますね。すると、このジェリー・ルイスの作品を見て、自分も喜劇をやってみようと思うようになったわけですか。

志村:そうですね。子供の頃から笑うのが好きだったけれど、ジェリー・ルイスが決定的でしたね。

水野:志村けんの人生を変えたのがジェリー・ルイス(笑)。彼に将来を方向づけられたわけですね。

志村:ええ。しゃべらなくてもいいというところが、すごくいいんですよね(笑)。

水野:すると、志村さんはしゃべるのが苦手なんですか。

志村:いえ、別にそうじゃないんですが、しゃべらないであれだけ人を笑わせることが出来るというのに、すごく感心しましてね。

水野:そうか、志村さんご自身の笑いの秘密も実はそこにあるんですね。ジュリー・ルイスの笑いが、志村さんの現在のギャグ構成にかなり大きな影響を与え続けているわけだ。映画のギャグは参考にしますか。

志村:やはりゼロからは無理ですから、映画などの場合や、いろんな動きといったものからヒントを得て、自分独自のギャグやせりふなんかを作る場合が多いですね。みんなそうなんじゃないんでしょうか。

水野:自分独自のギャグか……、なるほど。志村さんの場合、ドリフターズに後から入られたけど、ぐんぐん先輩に追いついて、ある部分では追い越してる。人気を得た原因はそこにもあるんでしょうね。今までなかった、独自のキャラクターを作ったという事が成功だった。映画っていうものは、たった一本でも人の人生を大きく変えることがあるんですね。あなたのジェリー・ルイスみたいに……。すると、志村さんの笑いというものは、やはりジェリー・ルイスが根底にあって、更にその上に、現実の状況の中からそれを“絵”にしていくわけですね。

志村:そうですね。

水野:かなり古い話ですけど、例の“東村山音頭”などの笑いは、どうなんですか。ある意味では現実のシチュエーションでしょう?

志村:ええ。あれは、僕がドリフに入った頃なんですが、みんなから“東村山の田舎者”って言われていたんです。それでこっちも意地になって(笑)、わざとあの歌を歌っていたんです。それが稽古場で受けて、それじゃあ舞台でやってみようかってことになったんです。

水野:ウーン。なるほどなあ。

志村:ドリフの場合、そういうのが多いですね。稽古場でふざけたりしている間に生まれたギャグやセリフを、そのまま舞台に持っていくということが。

水野:現実の場から生まれたものを使うというのが、やはりリアルでいいんでしょうね。結果として、そういう笑いは受けるでしょう?

志村:ええ。そうですね。 稽古場で何か言って周りが笑わないと、 やはりそれは舞台では使えませんからね。

水野:そうでしょうね。 笑えない喜劇ほど面白くないものはないですからね(笑)。映画の中の人物は楽しんでいるのに、 こっちが全く喜べないというのがありますからね。これは喜劇だけではなく、西部劇にしろ、恋愛ものにしろ、 アクションものにしろ、共通するものですね。 本人たちがすごくカッコ良くやっているのに、 我々が全然そう思わなかったり、ストーリーに乗れなかったりすることがありますものね。

志村:やはり、 作られた台本とか、 作られたギャグでは、ダメなことがありますから、舞台の上で自然に出たものが、 一番良いしウケますね。

画像: 「ボギー!俺も男だ」1973年8月公開

「ボギー!俺も男だ」1973年8月公開

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