2020年2月1日から公開される「淪落の人」の主演を務めたベテラン香港アクター、アンソニー・ウォンが来日。本作の撮影秘話や現在の香港についても語ってくれた。(インタビュアー:望月美寿)

もともとの脚本はラブストーリーで、二人のラブシーンも描かれるはずだった

事故で車椅子の身になった男性とフィリピン人の住み込み家政婦との心の交流を描いた『淪落(りんらく)の人』で主人公のチョンウィンを演じたアンソニー・ウォン。本作の演技により“香港版アカデミー賞”といわれる香港電影金像奨の最優秀主演男優賞を3度目の受賞。新鋭女性監督オリヴァー・チャンの熱意に打たれ、出演料を辞退していたことも話題を呼んだ。「インファナル・アフェア」などで世界にファンを持つ彼は、2014年に香港で起こった「雨傘革命」の民主化要求運動を支持したため“香港独立支持派”と目され、中国市場がメインの映画界で現在も“封殺”されている。漢字名の「黃秋生」をもじって「私はあきおです」と日本語でお茶目な自己紹介をするアンソニーに、撮影の裏話や香港映画の現状について語ってもらった。

画像1: もともとの脚本はラブストーリーで、二人のラブシーンも描かれるはずだった

──今回の役はオリヴァー・チャン監督がアンソニーさんを念頭に置いて脚本を書かれたそうですが。

「いきなりイギリスの貴族を演じてと言われたらいろいろ研究しないといけないけど(笑)、今回は香港に住む身体障害者の老人役だったからね。自分とそんなにギャップがないし、友だちにも似たような人が多いから、役作りはそんなに大変ではなかったよ」

──チョンウィンは魅力的な人。障害があるなく関係なく、私はひとりの男性としてとても惹かれました。

「監督の脚本が素晴らしかったんだね」

──そこで気になったのが、2人の愛情の部分です。ヒロインのエヴリンがチョンウィンに恋愛感情を抱いていく過程が丁寧に描かれていましたが、監督と「これ以上描くとラブストーリーになってしまうからセーブしよう」というような話しあいはあったのでしょうか?

「おっしゃるとおり、もともとこの脚本はラブストーリーで、2人のベッドシーンもあったんだ。実際にそういうシーンも撮影したんだよ」

──驚きました!

「でも私は、そこまで2人の恋愛を発展させないほうがいいんじゃないかと、監督に言い続けていたんだ。撮影したベッドシーンを使うか使わないかは監督の裁量に任せたけれど、監督のロマンス感覚からすると、最終的に使わないのではないかと思っていた。結局、編集された最終バージョンを見たら、そのシーンは入っていなかった。曖昧な感じに処理されていたんだ」

──とても興味深い裏話です。

「これはやはり、経験豊かな監督と新人監督との違いだね。いい悪いではなく、経験が浅い監督は、撮影しながら心が揺れ動くものなんだ。作品全体を、リアリズムでいくのか、ロマンチックな方向でいくのか、結論がでないまま撮影に臨み、とりあえず必要だと思うシーンを撮った。そのあと編集しながらじっくり考えて結論を出したんだろう。そこには新人監督ならではの、彼女なりの葛藤があったと思う。そういう気持ちはよく理解できたね」

──チョンウィンもエヴリンに対して恋愛感情があったのでしょうか?

「あったと思うよ。でもそういうシーンはカットされたから、彼の愛は、曖昧な、一種の“昇華された愛”になった。でも私はそのほうがよかったと思う。ストレートにリアルに描くよりはね」

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連続殺人鬼などの役は嫌だけどいま僕に役を選択する余裕などないんだ

──アンソニーさんの一番好きなシーンはどこですか?

「チョンウィンがアメリカにいる息子とスカイプで会話するシーン。最初に撮影したときは、息子役の俳優が隣の部屋にいて、我ながらとてもいい演技ができたんだ。でもなぜか私のパートだけ録画されていなくて(苦笑)。息子役の俳優が別の仕事があって帰ってしまったので、やむなく彼の映像を見ながら演じたけれど、どう頑張っても最初の演技ほどはうまくいかなかった。現場のスタッフは『今の演技もよかったよ』と慰めてくれたけど、ものすごく悔しかったね。俳優はやはり対面して演じあうのが一番だよ」

──あの親子の対話シーンにそんな裏話があったのですね。何でもないシーンがぐっとくる、不思議な映画でした。私は、ヒロインが寝ているアンソニーさんの胸に頭を寄せるシーンが好きでした。

「観客それぞれに好きなシーンがあると思う。人生経験の違いだろうね」

──ラストの綿毛が舞うシーンはCGでしたか?

「そんなお金ないよ(笑)。低予算なんだから。大きな扇風機をガーッと回して綿毛を飛ばしたんだ、一番原始的なやり方だよ。目に綿毛が入ってすごく痛かった(笑)」

──チョンウィンはユーモア感覚が素晴らしく、どんな人も尊重します。“車椅子の孤独な中年男”という型にはまったイメージではくくれない人物でした。キャラクター造形にはアンソニーさんのアイデアも反映されているのでしょうか?

「脚本はただの文字でしかないわけだから、実際に演じるときにどのくらいのテンションでいくのか、セリフのタイミングをどうするか、リズムをどうコントロールするか。それが
俳優のすべき仕事で、厳しく鍛えられるべき部分。そういう意味では私のアイデアはかなり反映されているし、自分なりの創作も入っている。演技においては“役者がどう理解するか”がとても大事なんだよ」

画像: 連続殺人鬼などの役は嫌だけどいま僕に役を選択する余裕などないんだ

──日本では怪優、モンスター俳優のイメージもあるアンソニーさんですが、今後はこのようなヒューマンな作品にも出ていきたいですか?

「今の私に選択の余地はないんだ。もともと俳優というものはオファーがあって成り立つもの。特に私の場合は、今は映画に出られるだけで幸せだから、どっちの方向に向かって頑張っていく、というよりは、もらえる仕事をこつこつとこなしていきたい。ひとつだけ言わせてもらえるなら、残酷な殺人場面のある映画や大量殺戮の出てくるホラー映画は遠慮したいね。それ以外ならどんな役でもどんどん出るよ(笑)」

ジャッキーやユンファたちが牽引した時代の香港映画はもうないと言っていい

──アンソニーさんから見た香港映画の現在の状況は?

「それを語るのには、まず香港映画の定義を確認しないといけないね。もしかしてみなさんは香港映画と聞いたとき、ジャッキー・チェンやチョウ・ユンファが牽引した時代の香港映画をイメージしているんじゃないかな?もしそうなら、そういう意味での香港映画はもう存在していないと思ったほうがいい」

──私たちが好きだった香港映画はもう過去のものなんですね

「これから私が大事にしたいのは、この廃墟の中から立ち上がった新人監督たちが、一から作り上げていこうとしている香港映画。今回の『淪落の人』のようにね。資金もマーケットの将来性もなく、あるのはたくさんの困難だけ。サクセスがあるかなんてわからない。ただ、彼ら彼女らは、自分たちの、香港人の物語を作ろうとしている。私はそこに大きな価値と意義を感じるんだ。『ポリス・ストーリー/香港国際警察』やクンフー映画は民衆に愛されたけど、単なる娯楽映画で、香港の人々の“自分の物語”ではなかった。自分という存在を見つめ、自分たちの周りのことをテーマにした映画作りに邁進する今の若い監督たちを、私はこれからも応援していきたい」

画像: ジャッキーやユンファたちが牽引した時代の香港映画はもうないと言っていい

──劇中でチョンウィンがエヴリンに広東語を教えるシーンが面白かったですが、アンソニーさんなら広東語初心者にどんな言葉を教えますか?

「たくさんあると思うけど…香港加油(ホンコンガーヤウ)かな。意味は香港頑張れ。今、香港のデモでよく使われている言葉なんだ」

──政治的な立ち位置を表明することを避ける俳優さんが多い中、アンソニーさんの存在は尊いとしか言えません。

「自分の意見を言う俳優は本当に少ないね。みんな言いたくないわけではなく、言う勇気があるかどうかなんだ。もしかして殺されるかもしれないし……冗談ではないよ。私の言葉は信じられないですか?」

──そこまで厳しい現状なのですね。

「冗談抜きで、映画界から干される=“封殺”されるだけではなく、本当に命の危険があるかもしれない」

──世界の映画ファンがアンソニーさんの味方です。

「ハハハ、嬉しいけど、ファンの人たちも正直、恐れているんじゃないかな。私はこれまでひとりのアーティストとして、ただひたすら自分の作品に没頭してきた。過去に起こった中国の文化大革命やカンボジアの大虐殺、暗殺や亡命、そういった事件は本で読んで知ってはいたけれど遠い世界の話で、香港で同じような脅威を感じるとは思ってもみなかった。しかもその中で、私自身の存在が大きく位置づけられて、身の危険を感じる立場になるなんて…考えもしなかったことだよ」

──これからもお元気でご活躍を!

「ありがとう。せっかく日本に来たから日本刀をお土産に買って帰ろうかな。僕は『宮本武蔵』が好きだしね(笑)」

撮影:久保田司
ヘアメイク:木下久恵(Rouxda')

画像: 「淪落の人」

「淪落の人」

「淪落(りんらく)の人」
2020年2月1日(土)より東京・新宿武蔵野館ほか全国順次公開

半身不随となり人生のどん底にいる男と、家族のために夢を諦め、出稼ぎ家政婦として香港で働くフィリピン人女性。背景も文化も異なる二人が出会い、やがてお互いになくてはならない存在となっていくが……

監督:オリヴァー・チャン
製作:フルーツ・チャン
出演:アンソニー・ウォン、クリセル・コンサンジ、サム・リー、セシリア・イップ
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社

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