1987年の全日本ツーリングカー選手権に参戦した「フォード シエラRSコスワース」。これはトランピオがレースの実戦部隊として運営していた「オブジェクトT」が、ディビジョン3に投入したマシンで、トランピオ シエラとして知られる。シエラ自体は西ドイツ(当時)で生産されていたが、エンジンは「グループAの名車11」で解説したメルセデスベンツ190E2.3-16と同じくコスワース社の手になるものだった。

2L直4DOHCターボがSOHCターボや大排気量NAエンジンを凌駕する時代に

画像: 日本でのフォード シエラRSコスワースのデビュー戦は、1987年の開幕戦。タイヤとのマッチングに悩みながら予選3位。決勝ではエンジントラブルでリタイアとなる。

日本でのフォード シエラRSコスワースのデビュー戦は、1987年の開幕戦。タイヤとのマッチングに悩みながら予選3位。決勝ではエンジントラブルでリタイアとなる。

フォードシエラの2L直4DOHC16バルブインタークーラーターボエンジンは、ノーマル状態で最高出力201bhp/6000rpm、最大トルク28.3kgm/4500rpmというスペックだが、グループAレース仕様で、最高出力340bhp/6000rpm、最大トルク44.2kgm/5000rpmまでアップされていた。

これで1080kgのボディを引っ張るのだから、それまでの主役だったSOHCターボのボルボ240ターボやスタリオンといったマシンも一目置かざるを得ない存在となったのだ。

サスペンションはフロント/ストラット、リア/セミトレーリングアームというノーマルの形式を引き継いでいるが、スプリング、ショックアブソーバともにサーキットを攻められるものにチューニングされている。タイヤサイズは、前後とも230/605R16、ホイールサイズは9J-16ということで、パワーに対してちょっともの足りない感もあるほどだ。

画像: コスワースチューンとなるフォードシエラRSのパワーユニット。ギャレット製ターボチャージャーを装着して340bhpを発生する。ターボラグをあまり感じさせない扱いやすい特性だった。

コスワースチューンとなるフォードシエラRSのパワーユニット。ギャレット製ターボチャージャーを装着して340bhpを発生する。ターボラグをあまり感じさせない扱いやすい特性だった。

1987年3月に行われた西日本サーキットでの開幕戦では、まだタイヤのマッチングがイマイチという状態ながら見崎清志/長坂尚樹という実力派を起用し、予選でスカイラインRS(長谷見昌弘/鈴木亜久里)、スタリオン(高橋国光/中谷明彦)に次ぐ3位を獲得した。決勝では序盤にエンジントラブルでリタイアとなるが、実力の片鱗を見せつけた。

ちなみにその年の11月のインターTECではWTCを闘うエッゲンバーガーテキサコ・フォードシエラが来日した。これは同車のエボリューションモデルであるシエラRS500をベースとし、同年の世界ツーリングカー選手権で圧倒的な速さを見せていたマシンだ。

これがこの年のインターTECで図抜けた速さを見せた。エンジンは同じ2L直4DOHCターボながら、500bphにまでアップされ、圧倒的なパワーを見せつけた。このときからトランピオシエラもRS500エンジンを搭載している。

画像: 1987シーズン、トランピオ シエラはRS500を含め3勝を挙げ、長坂尚樹に2度目の全日本タイトルをもたらした。

1987シーズン、トランピオ シエラはRS500を含め3勝を挙げ、長坂尚樹に2度目の全日本タイトルをもたらした。 

タイヤサイズもフロントが245/620R16、リアが245/660R17までアップ。リム幅は10インチとなって増大するパワーに対応していた。

この年は、トヨタがA70スープラ、日産がR31スカイラインGTS-Rと強力なマシンと投入し、グループAが激戦になった年だが、シエラRS、シエラRS500に乗った長坂尚樹が、1985年のBMW635CSiに続き2度目のチャンピオンタイトルを獲得している。

グループAの名車バックナンバー

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