ホンダにまつわる豆知識を紹介する当連載第6回目。CB72=ナナニィ、CB92=キュウニィ、CR110=ヒャクトウなどの呼び名は古いホンダ車好きには常識ですが、今回は1950〜1960年代のホンダ2輪車の車名にこぞって使われたこれらの「数字」について解説いたします。

70、90、100・・・あれ、なんで「80」はないの?

1950〜1960年代に使われたホンダ2輪車の車名の頭文字「C」は「サイクル」を意味するもの・・・というハナシは前回の連載でご紹介しましたね。余談ですが、1952年のホンダドリームE型の改良版である2E型のころから、ホンダは部品番号冒頭に整理記号として「C10〜」を使用し始めていたようです。

創業時からのアルファベット順に代わり、A=自動車、B=ボート、そしてC=サイクル・・・という型式が定められたのは'57年からですが、そのはるか前からホンダは将来2輪以外の製品を作ることを意識して「C10〜」という整理記号を使ったのかも・・・? いやいや、単純にサイクル「C」の連想で使ったんじゃね・・・? まぁ、こういう推察を楽しめるのもホンダファンの喜びですね(ホンダヲタの喜び、が正しい?)。

閑話休題・・・本題の「C」に続く車名の「数字」ですが、これは排気量区分を示すものでした。つまり「70」は250cc〜、「90」は125cc〜、そして「100」などの3桁は50〜90ccという具合に区分されていたワケです。この排気量区分は量産市販公道モデルだけでなく、初期のホンダ製レーシングマシンにも適用されていました。

ん・・・? なんで「80」が抜けているの? という疑問が当然わきますね・・・。当時の開発史を収録した資料を見ると、レーシングマシンの分野では「C80Z」と「RC81」というモデルがあったことがわかります。C80Zは1957年10月に浅間で行われた「第2回全日本オートバイ耐久ロードレース」の125ccクラスに出場したホンダのワークスマシンで、RC81はその後試作されたものの実戦には使われなかったモデルです。両機種に共通するのは4ストローク125cc単気筒・・・という構造になります。

このことから想像するに「80」は125cc単気筒のための数字だったのでしょう。1957年にホンダは「90」系の125cc2気筒の開発に着手していました。単気筒より高い動力性能を得やすい125cc2気筒の量産車第一号のC90は1958年に発売されますが、この頃ホンダは「80」系125cc単気筒の開発をとっくに辞めていたため、「80」は量産車の車名から欠けることになってしまった・・・と思われます。

画像: 1959年デビューのCB92。4ストローク2気筒エンジンを搭載する、ホンダ初の125cc本格スポーツモデルでした。 honda.lrnc.cc

1959年デビューのCB92。4ストローク2気筒エンジンを搭載する、ホンダ初の125cc本格スポーツモデルでした。

honda.lrnc.cc

「C」に組み合わされる「サブ記号」のナゾ?

1950〜1960年代のホンダ2輪車の車名の頭文字「C」には、やがて「サブ記号」が組み合わされることでモデルのキャラクターが表現されるようになっていきます。スポーツモデルは「S」、スーパースポーツは「B」、アップハンドル装備など実用性を考慮したモデルは「M」、輸出向けは「A」、スーパースポーツは「R」、実用車は「D」、デュアルパーパスは「L」、トレールモデルは「T」などなど・・・。

あれ? 上の記述、スーパースポーツは「B」と「R」がカブっているし、実用性を考慮したモデルは「M」というのと実用車の「D」は何が違うの・・・? とツッコミが入りますね。

「B」と「R」の違いは、1959年発売の初代ホンダ製スーパースポーツ3機種を例にするとわかりやすいです。125/150ccのCB92/95はいずれもチェーン駆動OHCの動弁系を採用。一方250ccのCR71はカムギアトレイン式OHCを採用していました。一般的と言えるチェーン駆動か、特別なカムギアトレインかで「B」と「R」を使い分けていたわけです。

画像: 1959年型ドリームスーパースポーツCR71。市販車とはいえ、優先的に有力レースチームを持つディーラーに優先的に配車されたそうです。 apps.mobilityland.co.jp

1959年型ドリームスーパースポーツCR71。市販車とはいえ、優先的に有力レースチームを持つディーラーに優先的に配車されたそうです。

apps.mobilityland.co.jp

では「M」と「D」は・・・? これは非常に回答が難しいです・・・。実際のところ「サブ記号」のルールは割といい加減(失礼)で、たとえばスポーツカブC110は「スポーツ」と車名につくのに「B」や「S」などのサブ記号はなし・・・。また50ccのセル付きスーパーカブはC102なのに、55cc版はC105Dになっていたりと、完璧な法則性はなかったりするのです。

想像するに、当時はまだ車名・型式の取り扱いが現場の責任者レベルでまだ決まっていたのでしょうね・・・。車名や型式がカッチリ管理されるようになるのは1966年4月1日以降・・・なのですが、そのときホンダに導入された「NPS」については・・・また回を改めてご紹介したいと思います。

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