全28巻群馬県の巨大企業赤木グループの会長・赤木総一郎と妾の間に生まれた赤木軍馬と、天才的なメカニックで親友の大石タモツが、自動車レースの頂点F1を目指す青春ストーリー。
なんですが、コメディタッチな部分も多いながら、実際にはかなり暗いというか、人間関係ドロドロの重たい物語。気軽に読み始めるとちょっとトラウマになりそうなくらい重〜いお話の『F』。
とはいえ、人生というサーキットを駆け抜ける主人公 赤木軍馬の名ゼリフ、「なんぴとたりともオラの前を走らせねエッ!!」に勇気付けられた人、多数だったはず!

出だしの明るさや爆発的な活力の裏に潜む昏い愛憎関係・・

赤木軍馬は、赤木グループの創業者、赤木総一郎の庶子。総一郎には正妻の子で長男の将馬と、心臓が弱い末っ子の雄馬という3人の息子がいます。
総一郎が自分の母親を捨てたと信じる軍馬は、総一郎にことごとく反抗します。総一郎もそんな軍馬に冷たく当たり、衝突を繰り返します。

やがて、総一郎は政界への進出に邪魔になるとして放蕩息子の軍馬を勘当します。これを機に、軍馬は天才的なメカニックの才能を持つ親友大石タモツとともに、レースの道を志して上京するのです。

自動車教習所で知り合った小森純子と祖母のツテで、住む場所と、レースを趣味とする仲間を得た軍馬とタモツは、FJ1600シリーズ、全日本F3選手権へとステップアップしていき、本格的なレースチームへと鞍替えしていきます。

厳格な父親と反発する息子。日本を再生させるという大望をもって政界進出を目指す総一郎と、怒りと憎しみをパワーにレーサーを目指す軍馬。その対立関係と対比が、本作の基本的な軸なのですが、これに加えて、このあたりから徐々に別の愛憎関係が絡んで、ほんと昼ドラなみな複雑な物語へと変質します。

まず、軍馬の将来の妻となる小森純子。彼女はレース中に事故死した恋人を忘れられず、軍馬のストレートな求愛に長いこと答えることができませんでした。
軍馬の兄にあたる将馬は、父親への隠れた劣等意識の解消に、家政婦ユキとのセックスに没頭しますが、ユキは軍馬の元恋人です。三男の雄馬は病弱で、エネルギー溢れる軍馬を尊敬するあまりにライバル視し、若いレーサーを抱えて自らレーシングチームを作って軍馬に対抗しようとします。
また、順風満帆で周囲に敵なしと思われた総一郎でさえ、腹心の部下や親族たちとの確執に巻込まれていくのです。
とにかく人間関係が複雑かつ深くて、絡み合う因縁に翻弄されていく。『F』は、そんな物語なのです。

多くの死や別れによって暗い影を振り払えなくなっていく軍馬

前述のように、天才的なレーサーであることを証明した軍馬は、破天荒な言動で周囲をハラハラさせ、敵を多く作りながらも、全日本F3選手権参戦のチャンスを得ます。

そこで出会った、もう一人の天才レーサー聖の死は、無茶で前向きなパワーだけが取り柄だった軍馬の心の中に潜む、暗い闇を引き出す結果になるのですが、さらに、別の”死”のショックが軍馬の心を蝕みます。
元恋人のユキが投身自殺を遂げ、その原因が自分であることを知るのです。

ユキは将馬の愛人になっていましたが、将馬に任された会社のお金を着服し、そのお金で軍馬が所属するレースチームを支援していました。そのことが将馬にバレて、居所を失ったユキは追い込まれ、死を選んでしまうのです・・・。

ユキの死に対する自責の念耐えかねて、軍馬は仲間を捨て、単身イギリスに渡ります。
そこでもまた、複雑な人間関係、愛憎関係に巻き込まれていくのですが、そこは敢えて割愛しましょう。

とにかく、軍馬はイギリスにおいても愛と憎悪の狭間で苦しみ、もがきますが、その過程でレースへの情熱を取りもどし、サーキットへと復帰するのです。

すべては超高速のスピードの中に

軍馬は、タモツたちとも合流し、ついにはF1参戦します。また、純子とも結ばれるのですが、暗い死の影を振り払うことはできず、再び愛する人間たちの死や別れに心のどこかが壊れていくのです。

そして、その頃から軍馬はサーキットを走りながら、自分の前を常に走っている黒い影の幻を見るようになり、レースでの勝利よりもその黒い影を抜くことに執念を燃やし始めます。現実の辛い出来事を忘れようとするばかりにアクセルを踏み切っていく軍馬を、仲間たちはノイローゼなのではないかと思い、軍馬の自殺願望を心配し始めるのです。

さらに父親総一郎の環境にも異変が起きていました。
彼を引きずり落とそうとする親族たちの陰謀で、総一郎は政界進出どころか経営者の椅子も失い、失脚させられてしまうのです。失意のまま、フィリピンに渡り、その地で客死します。

軍馬を走らせていいものか。仲間たちは迷います。
しかし、その身に軍馬の子を宿した純子は、言うのです。

「 頑張れ、赤木軍馬!なんぴとたりとも君の前を走らせるな 」 と。

その言葉に背中を押され、仲間たちの心配を振り切り、軍馬は走り出します。

そして、時速300キロ以上の超高速の中で、軍馬は彼の前を走っていた影が、父・総一郎であったことを理解します。大嫌いで軽蔑してはずの父親を、本当は自分は大好きで尊敬していたのだと。だからこそ、追い抜きたかったんだと。

父との子のネバーエンディングストーリー

本作は、とにかくパワフルで破天荒な主人公のサクセスストーリーと思って読み始めましたが、回を追うごとにどんどん暗く複雑になっていくことに、正直驚きました。

他のどのレース漫画とも違って、物語のすべては登場人物たちの愛憎をベースにして進んでいくのです。

『頭文字D』のDは、DREAMのDでしたが、『F』はF1のFであると同時にFatherのFでしたね。
そして、物語の最後に軍馬もまた父親になっていきます。彼は父親総一郎のように息子の壁となって同じ憎悪の物語をつむぐのか、それとも別の愛の物語を育むのか。

つながっていく表裏一体の愛憎。それが本作の真のテーマなのでしょう。

さあみなさん、一緒につぶやいて、いえ、叫んでみましょう。
「なんぴとたりともオラの前を走らせねエッ!!」

ファンブックであの感動をもう一度。

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