慎ましく、いつもかたわらに。
カワサキっていうメーカーのオートバイには、どうしても「男」なイメージがありますよね。
世界最速に挑んだ「ニンジャ」や「Z」。クラシックの「W」だって元は、カワサキが世界へ打って出た大排気量車の尖兵でした。
それらは現代に至るまでカワサキを象徴していますけれど、そんな中に1台だけ、極めて異質な、女性的にすら感じるオートバイがあります。
それがスペイン語で「星」の名を持つ、エストレヤです。
しかし、2017年6月1日に発売されたファイナルエディションをもって、このオートバイも約四半世紀に渡る歴史に幕を引くことになりました。
そういえば若い頃は、けっこうイケイケでしたね。
1992年、当時はスティードに代表される通称・国産アメリカンたちや単気筒のSRのストリートカスタムが全盛でした。そんな時代の中でエストレヤは生まれたんです。
“核”はエンジンにありました。
クランクケースからシリンダーが真っ直ぐに立ち上がる、バーティカル・エンジンです。
エストレヤをはじめて見た時のボクはまだ学生でしたけれど、当時でも既にクラシックだったカワサキのWやトライアンフを連想させる、ピッと背筋が伸びたようなエンジンに
「綺麗だなぁ」
って思ったのを覚えています。
そういや、昔は色々とカスタムもされてましたね(笑)
車検の無い250ccだっていうのを良いことに、原型を留めないほどドレスアップ&厚化粧で盛られてみたり……昭和の頃はけっこうイケイケ(死語)だったんですよ?
今じゃ考えられないかもしれませんが、当時はそれがなんとなく許されていた時代だったんです。
残ったのは、エストレヤだけ。
エストレヤは無骨ではありません。どちらかというと線が細くて、華奢だと言っていいと思います。
でも結果として、250ccシングルで今日まで残ったのはこのオートバイだけ。ホンダのGB250も、スズキのボルティーもずいぶん昔に生産終了となりました。
エストレヤだけが今日まで生き残ったんです。
「W」の血統として。
ここから過去へと旅立つエストレヤは、最後に綺麗に飾ってもらえました。こういうカワサキの粋な計らいっていうのは、いいですよね。
往年の名車ダブサン(650RS/W3-A)を思わせるカラーリングにカワサキのエンブレム。
カワサキはエストレヤを、きちんとカワサキ車の血統に連なるものとして送り出そう、ということなのでしょうね。
艶やかな革の表情にホワイトのパイピング。高級感がうんぬんよりも、純粋に綺麗だなぁって見惚れるシートです。
前後フェンダーはクロームの輝きに包まれます。
ファイナルエディションのオーナーになれる幸運なライダーは、この輝きを永く大切にしてくださいね。
愛され続けた理由は……
それはやっぱり“走り”なんだな、思います。オートバイって、本当にどんなジャンルでも、最後は“走ってこそ”なんです。
最近はテイスティなエンジンと言うと、大排気量車ばっかり。このエストレヤを除けば、アンダー400ccではSRくらいですかね?
でも、それよりちいさな250ccの空冷単気筒。だからエストレヤの走りは繊細です。
健気に走り、奥が深い。
このエンジンの特徴はボア66m×ストローク73mmというロングストローク設計。圧縮比も低くて9.0。単気筒ですけど、昔のハーレーを思わせるような設計ですね。
でも、エストレヤはたった250ccの排気量。なのに、そこには他にはない独特の深みが潜んでいます。
走りは想像を超えて活発。マフラーからの音もそうです。燃料供給装置が機械式のキャブレターから、電子制御のインジェクションになっても、その芯は揺らいでいません。
元気で、そして何より健気です。
大排気量スポーツのような「俺にまかせとけよ!」的な上から目線は一切ナシ。オートバイの高性能化が進んだ今では、250クラスにだってそういう感じがありますけど、エストレヤは違います。
『がんばって一緒に走ろうね!』
いつだって、どこへ行くのだって、ライダーとオートバイが力を合わせて一心同体になる。それがエストレヤの走りなんです。
それに、エストレヤ乗りには、いろんなタイプの人がいました。
信号待ちでキュートなエストレヤ女子にドキドキしてみたり、田舎道で絶対に70歳超えてるでしょ!? っていう爺さんとすれ違ったり、渋谷あたりを洒落たカスタムをした兄ちゃんが流していたり……そういや、ものすごい荷物を積んで日本一周してるやつもいたな(笑)
健気な走りと、キリッとした立ち姿。
それによって、たくさんのオートバイ乗りがエストレヤを大好きになりました。
でも、今はここでお別れです。
エストレヤというオートバイを愛したすべてのライダー達からの「ありがとう」の想い。
どうかそれが、この最後のエストレヤに届きますように。
その想いが、カワサキにも届きますように。
そして願わくば……未来に、その意志を継ぐオートバイが生まれますように。