オートバイを題材にした青春小説といえば、大藪春彦の『汚れた英雄』か、この片岡義男の『彼のオートバイ、彼女の島』だろう。
ともに1980年代に角川映画によって映画化されていることから、小説そのものに対する印象よりも、映画に対する印象の方が強いかもしれない。

『汚れた英雄』は正直映画と小説ではだいぶ設定が違うし、小説で描かれている二輪レースにすべてを賭ける、狼のように飢えて頂点に立つことを目指す若者の野心や挑戦は、映画ではあまり伝わってこない。だから原作のファンはあまり映画を評価してはいないといえる。

『彼のオートバイ、彼女の島』の場合は、メガホンをとったのが名匠 大林宣彦監督ということもあるし、比較的原作に忠実に作られていることもあり、原作のファンからもわりと受けられているようである。

正直に告白すると、僕は映画は観たものの、小説を読んでいなかった。大薮春彦作品は全て読んでいる僕だが、同じ時代に角川書店が大々的に売り出していた片岡義男作品には、(大薮ファンとして)なんとなく敵愾心があったのかもしれない。もちろん、ちらりとは試し読みしたことはある。それは『彼のオートバイ、彼女の島』であったかもしれないし、他の作品だったかもしれないが、それは覚えていない。
ただ、やはり80年代に人気だったイラストレーターのわたせせいぞうさんが描く世界観みたいだなと、感じたのを覚えている。つまりみんな少し気取っていて、気の利いたセリフを口にして、さらっとした人間関係の中にいる、とびきりお洒落な人たち。

どこか常にやり場のない怒りや憤懣を胸に隠す、暗い青年だった僕には(苦笑)、そういう眩しげで退廃的な世界観より、野心的でストイックな大藪春彦のほうが性に合っていたのである。

怒りや野心とは無縁のフラットな世代の若者たちの物語

だから、いまになって初めてこの『彼のオートバイ、彼女の島』を読んだわけだが、退廃的、というか、ロストジェネレーションと呼ばれた1920年代の、それこそヘミングウェイやフィッツジェラルドといったアメリカの作家たちの影響をだいぶうけているな、という印象を持った。
生活そのものに退屈していて、刺激は欲しているが、野心のようなものはない、ある意味現代でいう悟り世代に近い。

あらすじを簡単に書くと
音大に通う橋本巧(コオ)は、愛車のカワサキのW3でプレスライダーのバイトをしている。休暇中のツーリング先で出会った美しい女性 白石美代子(ミーヨ)と恋をする。ミーヨは彼のオートバイに強い興味を覚え、自らの免許を取りバイクにはまっていく。ミーヨはコオが舌を巻くほどのセンスを見せ、ついには限定解除に成功し大型免許を取得するのである。
二人はコオの親友の小川とその彼女のナミとともに、四人でミーヨの生まれ故郷である瀬戸内海の島に向かう・・・。

大筋はこれだけだ。
もちろん、他にもエピソードはある。たとえば、コオはミーヨの前に交際していた従順な少女 冬美にすぐに飽きてしまうのだが、それを不服とした冬美の兄 沢田に決闘を申し込まれたりする。また、バイクに嫌がらせに幅寄せしてきた車のドライバーを、コオが半殺しにしてしまったり、親友 小川とともに、走る車のサイドミラーを叩き割っては逃げるといった遊びをしたりする。
しかし、それらはすべて刹那的な衝動であって、例えば『汚れた英雄』のように人生の目標に向かって、スロットルを全開にしていくような継続的な野望はでてこない。

主人公コオは、 退屈でないのはオートバイだけだ 、という。逆に言えばそれ以外の生き方に倦んでいる、と言える。

ヒロインであるミーヨはオートバイを、コオはミーヨという刺激を得て、これまでとは違う人生が動きだす予感を感じさせつつ、物語は終わるのだ。


画像: おれのカワサキ、あなたのカワサキ、と、登場人物たちがオートバイをメーカー名で呼ぶのも本作の特徴。

おれのカワサキ、あなたのカワサキ、と、登場人物たちがオートバイをメーカー名で呼ぶのも本作の特徴。

オートバイの乗り方・扱い方や、恋愛に対してはリアルな描写

一方で、オートバイや女性に対する愛憎自体は、とてもリアルだ。絶対的な速さには劣ることにたまには苛立つものの、整備を怠らず手を入れることで自分に応えてくれるW3に、コオは尋常ならぬ愛情を注ぐ。タンクを抱きしめるような仕草さえするのである。
また、コオは、前の恋人であった冬美が「オートバイに乗せて」とは言っても「オートバイに乗りたい」と言わないことに、不満を持つ。従順なのはいいが、それでは刺激が足りない、というわけだ。
逆に、ミーヨが彼に黙って中免をとって(上述の小川に借りた)バイクで彼の前に現れたときには激怒する。ミーヨがオートバイに乗ること自体には反対しているわけではないが、自分に内緒で、というのが気に入らないのである。

こういう身勝手な感情、男にはよくある気がする(苦笑)。

画像: ひなびた島を輝く楽園に感じさせたのは、退屈な日常を刺激的に変えたのは、カワサキか?それともミーヨか?

ひなびた島を輝く楽園に感じさせたのは、退屈な日常を刺激的に変えたのは、カワサキか?それともミーヨか?

何気ない空気。風。ぬくもり。さりげなさ。

本作をバイブルのように大切に思っているバイク乗りの方は多いかもしれない。
『汚れた英雄』のように、世界的レーシングライダーになれなくても、本作に描かれているような普通の世界の、バイクに乗ったり好きな女の子との何気ない空気を楽しむことなら、誰にでもできるわけだし、いつまでも可能だからだ。

初めてちゃんと読んだ片岡作品だが、セリフに古臭さが感じられるが(例えば「なんでだよう」「どうしてくれるんだよう」といった言い回し)、さらりとして汗臭さがなく、セックスも破局もさりげない。文体自体は好き嫌いが分かれると思うものの、全体的な作りは古びていないというか、かえって今の時勢や若者の気分には合っているのではないか、と思う。映画としてリメイクするのもアリな気がした。

本作はKindleで手にはいる。僕は1時間ほどで読めた。
もし読んでいない、もしくはもう一度読んでみようという気になったかたは、ぜひ。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.