"オーバー・ザ・トン"=平均時速100マイル超えに関連したマン島TTコースレコードのあゆみについては、マン島今昔物語 #3でご説明しましたが、第二次世界大戦前の時代の速度記録更新に関して、最も貢献したひとりの英国人ライダーがいました。男の名はジミー・シンプソン。彼は1922年から1934年までのキャリアの間、5度もTTのコース記録を更新。平均時速60マイル、70マイル、そして80マイルの壁は、すべてシンプソンが初めて打ち破ったのです。

ザ・レコード・ブレーカー

画像1: マン島今昔物語(番外編) 記録王ジミー・シンプソン

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1922年は英スコットに乗りプライベーターとして初めてTTに参戦。翌1923年から1928年までの間は英AJSのワークスライダーとして活躍しています。1924年から1926年の3年間、64.541、68.964、そして70.429mph(マイル/時)と、彼は連続してTTの絶対レコードを更新。1924年の記録は長いTTの歴史で唯一の、350ccクラスでのタイムで500ccを含む全体の最速ラップを叩き出すという、ずば抜けた速さでした。1929年以降は当時最強だった英ノートンファクトリーチームに移籍。1932年に80.820mph、その翌年1933年には記録を81.499mphまで伸ばし、「キング・オブ・レコード」という栄えある称号を得ました。

今もTTにその名を残す存在

しかし意外なことに、26回TTレースに出走したシンプソンですが、TTキャリア最後の年となった1934年の250ccクラス、英ラッジに乗って得たのが唯一のTTの勝ち星でした。当時の記録を振り返ると、シンプソンのすさまじい走りにマシンが耐えきれず、トラブルを起こしてリタイアすることが多かったようです・・・。AJSおよびノートンのファクトリー時代、世界ロードレースGPの前身である欧州選手権にてシンプソンは350ccクラスで4度、500ccクラスで1度チャンピオンになっており、その実力の高さは誰もが認めるところでした。しかしTTに関しては、彼の勝ち運は乏しかったのです・・・。

こちらの1分ちょっとの無声映像は1934年TTです。この年彼は350cc、500ccクラスでは、ノートンの僚友であるジミー・ガスリーに次ぐ2位でした。

出典:motoarchive


今日でも彼の名は、TTの表彰式などで見ることができます。TT最速ラップを記録した者に贈られる"ジミー・シンプソン・トロフィー"は、彼の伝説的な速さを讃えて設定された賞でした。記録は破られるためにある・・・しかし記憶は永遠である・・・ということを、"記録王"シンプソンは体現したTTレーサーなのです。


画像2: マン島今昔物語(番外編) 記録王ジミー・シンプソン

出典:http://www.gov.im/lib/images/mnh/news/


こちらの写真は有名なTTの、神のメッセンジャーであるマーキュリーをモチーフにしたトロフィーです。一度本物を表彰台の上で手にしてみたいですねぇ・・・(妄想)。

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