芸能政治スキャンダルの嵐吹き荒れる2016年

先日このコラムでもベッキー問題を取り上げたばかりだが,宮崎議員の辞職にまで発展した不倫騒動も炸裂し,相変わらず年明けから芸能政治スキャンダルが後を絶たない。とうとうセンテンススプリング砲に負けじとFRIDAYまでもが桂文枝師匠の不倫問題まで報道している。しかし内容的にもかなり前の問題を無理矢理ほじくり返したような印象もあり,とにかく日本中の芸能政治マスコミがゲシュタポのように不倫ネタ探しにやっきになっている感もある。

不倫は犯罪では無い

しかし,以前のコラムでも書いたとおり,不倫は刑事事件では無い,あくまで当事者同士の問題であり,周囲が糾弾することでは無い。ただベッキーはスポンサーの大事な顧客層である一部女性層の強烈なジェラシーがある以上スポンサーは見過ごせない。政治家は有権者の中にやはり一部女性層の強烈なジェラシーがあるためどうしても謝罪することになる。宮崎元議員の場合は育休問題や妻が国会議員など やや特殊ケースなため議員辞職にはまで発展したが、そもそも辞職まで必要がある問題とは思えない。

芸能人と国会議員とでは仕事の責任が違う。国会議員の仕事とプライベートはやはり分けて考えるべきだろう。芸能人はプライベートのイメージを売っている人もいる。ロックミュージシャンは人生破天荒の方がむしろ受ける人もいる。実際ベッキーの不倫相手のミュージシャンの方は多少仕事に影響があるとは思うが、ファンが特にこれで離れるとは思えない。全員一律不倫は悪として捉えるのは問題だろう。

高まるデジタルコミュニケーションのリスク

不倫は婚姻制度の民法を前提として民事裁判になる。しかし今後日本においては婚姻はそもそも大きく減少するだろう。ひとつはそもそも結婚をしない人が増える。そして家庭を持つ場合でも事実婚を選択する人が増える。この二つが大きな要因だ。 事実上の多夫多妻社会になる方向の中で不倫問題で大騒ぎすること自体は女性としての幸せを感じることができないまま生きてしまった女性達のジェラシーとルサンチマンとしての情念以外としてはまったく意味が無いことでもある。

しかし,現在婚姻状態にある人が多い現状では,まだまだパルチザンとして隠れて不倫しなければ行けない人達が多いのも事実だ。くれぐれもLINEやメッセンジャー,メールなどには注意するべきだろう。かつては電話の着信履歴ぐらいが証拠だったが,現代のデジタルコミュニケーションは多数の証拠を残す。が多いことと,その生々しい内容が公開されてしまうリスクが大きい。人のスキャンダルはいつの時代もみんな大好物だ。ネタとして待ち構えていることは覚悟しなければいけない。

恋愛完全自由化社会のその日まで

日本においては家族の形が多様化せざるをえない中でやがて結婚していても,恋愛を自由にしていくかは夫婦の考え方次第という状況は来るだろう。恋愛完全自由化のその日まで退廃主義者が既婚者と恋愛する場合はまだまだ秘めたものとならざるをえないかも知れない。しかし,その日まで我々は「不倫は悪い」という意味の無い価値観にしばられることなく,何が本質的に大事なのかを考え,行動し,必要な場合は必要な相手にはしっかり責任を取りながら生きていくということを目指すべきだろう。川谷夫妻,ベッキー,宮崎元議員夫妻も一人一人の生き方として後悔して生きていく必要はまったく無い。自分の生き方と恋愛相手一人一人との関係性で紡いだものが人生だのだろう。赤い糸は一本の人もいるかもだが,これからの社会は赤い糸はまさにWorldWideWebなのだ。

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